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5. 王宮の飴ちゃん

 王宮までの道中、兄は馬車の中で口上の練習を七回した。「此度は格別のご高配を賜り」まで言うては、胃の辺りを押さえる。


「お兄ちゃん、その口上、誰に習うたん?」


「礼法の教師にだ。おまえも習ったはずだが」


「習うた記憶はあるわ。体が拒否しとるだけや。……お兄ちゃんは黙っとき。口上はうちがやるさかい」


「それが一番怖いのだが!?」


 謁見(えっけん)の間、いうんは、天井の高さで人を黙らせる部屋や。柱の一本一本が、うちの前世の店より太い。赤い絨毯は踏むのが申し訳ないような毛足で、そのくせ足音だけはよう吸うてくれる。人間を小そう見せる建築や。……せやけどな、天井がなんぼ高うても、住んどるんは人間や。


「面を上げよ」


 玉座の陛下は六十がらみ、目の下に濃い影のある人である。冠の重みで首が凝っとるんが、姿勢の癖で分かる。


「グランハルトの娘。……先日の夜会で、余の息子を叱ったそうだな」


「叱ったんは事実でございます。順番が違う、と申しました」


「順番」


 陛下の眉が、わずかに動く。


「詫びが先、気持ちは最後。人前で女の子を吊るし上げるんは、そもそも論外。……よその子ぉでも、あかん時はあかんと言うのが、大人の役目やと思うとります」


「……余の息子は、よその子か?」


「陛下の子で、国の子でございましょう。せやから余計に、誰かが言わなあきません。――あと陛下、話の腰を折って堪忍やけど」


 うちは、つい、言うてしまう。


「あんた……陛下、ちゃんと寝てはります? 目の下、えらい色ですで。湯ぅは? ゆっくり浸かってはります? 烏の行水と違います?」


 謁見の間が、凍った。兄の胃が音を立てた気がする。居並ぶ重臣がたの顔が、見事に全員、同じ角度で固まっとる。


 陛下は三拍黙って、それから、喉の奥でくつくつ笑わはった。


「……二十年ぶりだな。政の外の問いを、余に投げた者は」


「ほな、これ舐めとくれやす。蜂蜜の飴です。寝る前に、白湯と一緒に」


 差し出した飴入れに近習が飛んでくる、毒見役が進み出る、粒を検分して口に入れる――長い、長い沈黙。毒見役はんの眉が、疑いから当惑へ、当惑からなんや切なげな色へ変わっていく。


「……所見を申せ」


「……甘い、以外に、申し上げることが、ございません」


「二粒目の必要は?」


「な、ないと申し上げるべきですが、その、確認のためには」


「却下する」


 毒見役はんは、心底無念そうな顔で飴入れを近習に返しとった。あとで一袋、届けたろ。


 沙汰は、あっさりしたもんや。追放はなし。一番から五番は詫びと弁償の道筋が立っとること、六番は事実無根と検めがついたこと、その両方が勘定に入った沙汰やろう。ただし「一夜で人が変わった」件の観察は続行。ほんで王太子殿下は、礼を欠いた断罪の咎で、謹慎一月。


「観察は続けるぞ、娘。異存は?」


「あらへん。あの調査官はん、よう働くし正直やし、ええ子ですわ」


「……本人のいる前で言うてやるな。書きにくかろう」


 壁際で、手帳の筆がちょっとだけ乱れた。あとで聞いたら、罪状の検めは夜会の晩のうちに学園へ人をやって済ませてあったんやと。仕事の早い役所や。どこの誰の報告か、だいたい見当はつくけどな。


 揉めたんは、違約金や。


「王家による非礼への償いとして、金貨三百枚をグランハルト家へ下賜する」


「そら、多すぎまっしゃろ」


「……は?」


 陛下はポカンと口を開け、書記官の筆が、止まる。


「ほな、勘定いたしましょ。王家の非礼は、手続きを踏まん断罪が一件。大きい傷やけど、一件は一件。対してこっちの帳面には、うちが自分でやった意地悪が三件、取り巻きを止めんかった監督不行き届きが二件。六番の階段は事実無根やさかい、勘定には入れまへん。……大きい一件と、小さい五件、天秤はだいたい釣り合いますやろ。ほな相殺で、きっちり半分。百五十で結構でございます。もらいすぎはあきません。気持ち悪うて、夜に障ります」


「……王宮の提示を、値切った……いや、これは値切ると言うのか? 貰う量を値切るのは、逆では……?」


 書記官はんが小声で哲学を始めてもうた。せやかて、銭はな、多すぎても少なすぎても人の間をこじらせるんや。ちょうどが、いちばん強い。一粒十円の商いを五十年やっとった人間の、これだけは譲れん結論である。


 陛下は玉座で、今度は声に出して笑わはる。


「相殺の理屈、余は気に入った。百五十、そのように記せ。――娘。飴の礼だ。何か望みはあるか?」


「ほな、また寄せてもらいます。陛下の顔色の検分に」


「……調査官が二人になるな」


 帰りの廊下には、待ち伏せがおる。柱の陰から出てきた王太子殿下は、何かを言いかけて、口を三回開けて、三回閉じた。見れば、右の手ぇが胸元の隠しに、そっと触れとる。……ああ、あの晩の一粒、ほんまにまだ持ち歩いとるんや、この子。


「……その、先日は」


「飴ちゃん、まだ舐めてへんのか?」


「え」


 王子さまは、鳩が豆鉄砲を食うたみたいな顔をする。


「渡した一粒、懐に入れとるんやろ。懐で温めとったら、そのうち溶けるで。……ほな、一月後や。謹慎が明けたら、舐めた顔で来。それまでは宿題にしとき」


「宿題……」


「なんや、王子さまは宿題も初めてなんか? よかったなあ、初めてもろた宿題が飴で。カッカッカ!」


 殿下はまた口を開けて、閉じて、今度は深々と頭を下げてから走っていった。若いなあ。伸びしろの塊やなあ。


       ◇


 王室調査記録 第四報。対象、グランハルト公爵令嬢テレージア。対象は本日、登城。国王陛下に就寝と入浴を問い、飴を献上。毒見役の所見は「甘い」のみである。陛下より本官に下問あり。「飴は、うまいのか?」。事実です、と回答している。対象はまた、王家の違約金を検算し、自ら半減させた。王宮が値切られた前例を調査したが、見つからない。なお、まもなく新しい年次が始まる。悪役令嬢と呼ばれた者の、二度目の学園である。本官も同行する。職務である。以上。


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