神庭海凪の欠落③
——海凪をソフト部に復帰させる為に俺がやるべき事は、女子ソフト部顧問の田辺先生を説得する、それ以外に道は無い。
田辺先生と言えば厳格で、筋の通らない事を嫌う性格……海凪が直接ソフト部への復帰を懇願してもまず門前払いだろう。
——だからまず最初に俺が田辺先生に頭を下げて、話だけでも聞いてもらえる土台を作る。
あとは海凪しだいではあるが、まぁ、どう転んでも俺のやる事は変わらない。
決行は放課後、ソフト部の活動時間中だ。
▷▷▷
放課後、茜色の夕焼け空の下、俺は帰宅を少しだけ先延ばしにしてグラウンドへと向かう。
思えばこうしてがむしゃらに、何か一つの目的の為になりふり構わず行動するのは初めてかもしれない。
——だが、不思議と嫌な感じはしない。
これから俺は、おそらく見る人が見れば『醜態』とも言えるような姿を晒すだろうけどな。
「田辺先生、2年C組の五十嵐圭太郎です」
「なんだ?今は部活中だ。用事なら後に——、」
「お願いです!!神庭海凪をソフト部に復帰させてやってください!!!!」
俺は迷う事なく土下座を敢行し、田辺先生に懇願する。
「ッ!?何を馬鹿な事を……!!そもそもお前はあいつと何の関係がある!!」
「ただの友達です!!どうか、あいつを許してやってください!!」
——ただひたすらに圧倒的懇願。グラウンドが何やら騒がしくなってきたが、構うものか。
こうして俺が頭を下げ続けるのはアピールの意味もある。とりあえず俺は、田辺先生が話を聞いてくれるまで絶対に引き下がらないつもりだが、向こうからしてみればいい迷惑だろう。
ただ頭を下げているように見せかけて、向こうにも圧をかけて譲歩を引き出す。
——ついでに田辺先生の性格だと、ここまで誠意を見せた相手を無碍にはしないだろう。計画通り……!!(ゲス顔)
……と、まぁそういう考えを心の内に隠して不退転の意思で土下座を続ける。
「おい……もう頭を上げろ。話だけなら聞いてやる」
土下座の姿勢のまま、かれこれ1時間くらい過ぎたところで田辺先生が声をかけてきた。
言われた通り、頭を上げて田辺先生に事情を説明する。海凪と件のソフト部員の諍いの理由や、現在の海凪の想いに至るまで、俺が知っている範囲で全て話した。
「……なるほどな。お前さんの熱意は充分すぎるくらいに伝わった。だが、当事者の神庭が直接頭を下げないってのは、筋が通らないんじゃあないか?」
「仰る通りです。明日、本人を連れてきます。それで駄目なら、もう俺から言うべき事は特にありません」
——よし、言質取った。俺の役目はこれで終わり、後は海凪しだいだ。とりあえず明日、海凪を連れてくれば——、
——、
「修整してやるッ!!」
「ヒルドルブっ!?」
——翌日、海凪に出会い頭にぶん殴られた。
「誰が代わりに謝ってくれと頼んだ……!!それも土下座までして……吾輩はそんな事望んでなんか——」
「でも、ソフト部には未練があるんだろ?俺は場を整えただけ、そこから先どうするかは自分で考え、自分で決めろ」
「…………」
海凪は何やら考えてる様子だったが、やがて覚悟を決めたようでそれ以上俺のやった事を追求してこなくなった。
——そして放課後、約束通り田辺先生と海凪を引き合わせる。他のソフト部員も遠巻きにこちらを見ていて、昨日とは緊張感が段違いだ。
「まずは、活動停止処分の原因となった暴力行為について謝罪します。本当に申し訳ありませんでした……!!」
海凪は、誠心誠意謝罪し頭を下げる。その様子を見ていた田辺先生はややあって、重い口を開いた。
「——それで神庭……お前はどうしたい?既にお前は筋を通した。あとはお前が決めろ」
「吾輩の答えは一つ……誰がこんな部活戻るか!!こっちから願い下げだバーーーーーーーーーカ!!」
——その場にいた全員が、海凪の発言で呆気に取られた。当然、田辺先生でさえも。いや、俺もだけど。
「帰るぞ圭太郎。もうここに用はない」
「……え?あ!?ちょっと待てよ!?」
田辺先生、そしてソフト部の面々に背を向けて足早に去っていく海凪を追いかけて、そのままグラウンドを後にする。
「——正直、俺としては特に言うべき事はないけど、あれで良かったのか?」
——海凪の突飛な行動に驚きながらも、なんとか絞り出した問いを海凪へと投げかける。
「構わん構わん!!別に、二度と野球ができなくなる訳でもあるまい?吾輩は商店街の大人相手に、気ままに草野球でもするさ。それと——、結果はさておき吾輩の為に、田辺先生に頭を下げてくれて、ありがとう……」
——茜色の空の下、二人並んで歩く帰り道。結果として俺の頑張りは無意味だったが、それでも俺はどこか満ち足りた気分だった。




