宿敵
シャーリーの手紙に書いてあるのは『せっかく帝都でお会いできたのに、すぐに砦に戻られたとのことでお話ができず残念でした』というものと『神々のご意志は固く、大きな神の裁きにより川の増水と橋や岩壁の崩落が予想されます。余計なこととは存じますが、避難の際はご留意ください』と。
「――――」
「ジルグロッセ様?」
「……っ」
書類を机の脇にどかし、引き出しから地図を取り出す。
神々の裁きはありとあらゆる天災。
川の増水。
「ダーマ川」
「え?」
橋や岩壁の崩落。
「ジング橋」
「ジルグロッセ様?」
シャーリーの故郷に通じる道。
国境の近くのシャーリーの実家。
影武者。
亡命。
「やられた」
「え? ジルグロッセ様?」
「すぐに兵をまとめろ! ティヴァロニ王国シャレルット領だ!」
「は、はい!」
迂闊だった。
シャーリーと初めて会った翌日の食事会で聞いていたことを覚えていたのは僥倖だったと言える。
少しでも彼女の話を聞き逃したくはなくて、真剣に聞いていたのがこんなところで役立つとは思わなかった。
兵を整え、少数精鋭を引き連れて速馬を使ってティヴァロニ王国シャレルット領へと駆ける。
すべては速さだ。
シャレルット領はティヴァロニ王国の中でも国境に近い。
もし九神教が侵攻してきて、国境の砦が落ちた場合次に襲われるのがシャレルット領となる。
九神教領土東部の一部から流れるダーマ川は、シャレルット領に入るとシュテ川と呼び名が変わるが同じ川。
衝撃的なことだが、先程兄の手紙に書いてあった九神教と繋がりがあった帝都大神殿に勤める司祭の中に、シャーリーの元婚約者――セジュール・ルルオールと同じ姓の者がいた。
神殿に入る者は身分を剥奪され、神に仕える。
だが姓を捨てずに名乗り続ける、貴族の矜持が残る者はだいたいがなにかしらの“悪さ”をして家から追い出された者。
(ルルオール伯爵家は、シャレルット領の使われていない土地の一部を使って神殿を作ると言っていた。シャレルット領は頻繁に旱魃が訪れるくらいには神の神力が不足しがちの地域。神殿の建設には非常に前向き。むしろ、神殿との繋がりのあったルルオール伯爵家との縁を望んでシャーリーはセジュールと婚約となったと聞いた)
神殿があれば、聖人や聖女が訪ねやすくなる。
聖人や聖女が訪ねやすくなるということは、神の神力を得やすくなる。
そこに漬け込んだ。
そして、ルルオール伯爵家が神殿を建設していた土地は、シャレルット領南部。
シュテ川のある地域。
シャレルット領の中でも、川があることで旱魃の影響が少ない地域だ。
これらを繋げるもの。
「ありました! 建設中の神殿です!」
「神官と司祭を全員調べろ!」
「はっ!」
「な、なんだお前たちは! ここは八神教の神殿ですよ! 狼藉は神への冒涜です!」
「黙れ! 五十代の男は全員前へ出ろ!」
「そんなやつは……」
言葉を濁した神官が、視線を部屋の奥に向けた。
無意識だろう。
すぐに部下と目配せして、神官が視線を送った部屋を蹴破った。
そこにいたのはワインを片手に数人の従者を侍らせ、ソファーに優雅に腰掛けていた四十代後半から五十代の禿げた男。
司祭の法衣を纏い、鎧で身を固めたジルグロッセを見るなりギョッと目を見開く。
どうやらジルグロッセの顔は知っているらしい。
「な、何者だ!? ここは私の私室……」
「ロドリゲス・クセスだな」
「は……っ!? な、な、な、なにを言って……そんなわけがありません! 私は敬虔なる八神教の信者――」
「八神教の敬虔なる信者は酒を飲まない。五十代で八神教加入一ヶ月弱の者がつける首輪をしている者などそう多くないだろう。ずいぶんと最近信者になったようだな。それでワインとは」
「ぐ……う……い、いや……。お、お待ちください、私は……」
「酒のせいで頭が回らんか? この部屋の者、全員捕えろ!」
「はっ!」
「う、うわあああ!」
ワインの入ったグラスを投げつけ、初老の男はジルグロッセを突き飛ばして部屋から逃れようとする。
その足を引っ掛け、腕を掴んで、床に叩きつけた。
ぎゃ、と潰れた蛙のような声を出して気絶する男。
それほど力を入れていないのだが。
「これは……! 閣下! この男、九神教の数珠を持っています!」
「この男もです!」
「命だけは……命だけはお許しを!」
「オ、オーディール様! 戦神オーディール様、お助けください! 我らにご慈悲を!」
「……九神教……」
叫ぶ従者たち。
残念ながら、彼らが信仰する神は存在しない。
そして、それを言い出した時点で彼らは九神教信者。
狂信者と言っても過言ではない、信仰心が特に強い者を連れてきているはずなので――。
「この男はロドリゲス・クセスだな? 今吐けば拷問の必要はなくなる」
「そうだ! そのお方こそロドリゲス・クセス様! 戦神オーディールの生まれ変わり!」
「邪教徒どもが! そのお方に気安く触れるな!」
「ええい、この腰抜けどもが……! 命乞いなどしている場合か! ロドリゲス様をお助けするのが先だろう!」
口元に笑みが浮かぶ。
信仰心が強すぎるのも考えものだろう。
気絶しているロドリゲスと思わしき男を拘束し、魔法で結界を張り逃走も救出も不可能にして荷馬車に積み込む。
この男の正体については、帝都に戻ってから魔法、あるいは『神の書』による裁きに委ねよう。








