変わりつつある世界で
シャーリーの『予言』を受けて、帝国軍はゆっくりと動きを変え始める。
国境付近の住民をすぐさま避難できるよう大きな施設を建設し始め、皇帝陛下が『知識の神、アルヴァーニュの転生者が現れた。神の書により、神々が戦神オーディールは神を騙る不届き者であると発覚した! 正義は我らにあり!』と宣言。
ロドリゲスの長い長い生誕祭を祝っていたオーディール神教国は大混乱に陥っている。
ただし皇帝は『知識の神、アルヴァーニュの転生者』としか発表しておらず“聖人”か“聖女”か、すら秘匿した。
すべてはシャーリーの身の安全を最優先にするため。
大神殿に行った日のことは、『大神殿で婚約の誓いを行った』ことにされており、実際その手続きはされていた。
砦に戻り、自棄を起こした九神教を想定し、砦前に防護柵を展開した。
鉛の入荷を増やし、火縄銃と大砲を城壁の上に増設。
「ジルグロッセ様! 九神教に動きがありました! 案の定、ニュージブから撤退が始まったそうです!」
「武力抗争には至ったのか?」
「直前だった模様です。工作員からも準備が整ったという報告が来ておりますが、いかがしますか?」
「一度撤退させろ。神々はロドリゲスへの怒りも語っていた。神の怒りに触れれば命はない。工作が済んでいるのなら、タイミングを見て戻ってもらうが」
「かしこまりました」
「ジルグロッセ様! 避難施設への保存食の運び込みが開始されました。シャーリー様の教えのおかげで想定よりも多くの保存食が確保できそうとのことです」
「まずは避難施設の完成を急がせろ」
わかっていたことだが、忙しい。
だがシャーリーがこれまでジルグロッセに送ってくれていた助言のおかげで、兵士の士気は高く食糧に余裕もある。
九神教の動きはこちらに筒抜けになるほど混沌としており、手に取るようにロドリゲスの慌てぶりが伝わってくるようだ。
それほどに、『知識の神、アルヴァーニュの転生者』という存在の言葉は大きく、重い。
九神教は根幹が完全に覆された状況。
九神教から八神教に改宗するべく、情報を耳にした上層部の一部はすでに手のひらを返して様々な伝手を辿って、必死に亡命先を探しているらしい。
このまま放置してもいいが、神々の怒りによって大打撃が約束された状態。
民を置き去りに自分たちだけは助かろうとする輩は、絶対に八神教の領土に入れるわけにはいかない。
今処理している書類の一部は、その亡命申請書。
ここを通過させて帝都に送り、皇帝の許可を得て送り返されてきたものをさらに申請するのが亡命。
だが、ジルグロッセのところですべて“停止”させている。
そもそも、この亡命申請書はほとんどが『無償で受け入れろ!』という傲慢なものばかり。
帝国を舐め切っており、三十年の歳月ですっかり肥え太った九神教上層部の無駄な矜持を感じる。
それを端折り、叩き折るためにも時間をかけるつもりだ。
むしろ、この亡命希望者はどいつもこいつも処刑対象。
もっとも許し難いのはロドリゲス。
影武者を立てて、国外逃亡を図ったという情報が入ってきた。
それならばそれですぐに捕らえて、と命令を出したが、その逃亡は失敗に終わった、とされている。
(だがいよいよヤツには逃げ場がなくなってきている)
神の裁きまでの時間もない。
皇帝の発表を耳にした稀代の詐欺師は、どうにかして神の怒りから逃れようと国外逃亡を図るだろう。
一度目の影武者が失敗した以上、次は同じ手を使うことはできない。
ならば次は得意の口を使って混乱している国内を整え、軍事をまとめ上げて突撃してくる可能性が高いと見ている。
やつらにとって神の裁きからどうやって逃れるかが重要。
なりふりを構っている時間はない。
だからこそ、帝国側は砦の守りを厳重にして迎撃の準備を進めている。
「ジルグロッセ様、帝都からお手紙です」
「わかった」
受け取った手紙を部下がペーパーナイフで封を切り、ジルグロッセに手渡してくる。
一枚目は父から。
シャーリーのお披露目は時期を見て行うことになった。
主に前線が落ち着いて、ジルグロッセが帝都に帰還できて、平和が確約されたタイミング。
ジルグロッセもその意見には賛成。
現状は未知だが、神の裁きを見たあとで決めればいい。
また、シャーリーには『神の書』を定期的に読んでもらい、神の意思を確認し神々と意思疎通を図るつもりだという。
大きな理由は大神殿の内部に九神教の神殿と通じている者が数名確認されたから。
シャーリーは司祭たちに懇願を受けたが、神々は裏切り者を許さなかった。
そのことで司祭たちにシャーリーが逆恨みされている。
彼女を守るために、一時的に城に保護しているという。
目を細める。
なんという、愚かな。
「はあ……」
「なにか新しい問題でも?」
「いや。帝都のことは父や兄に任せておけば問題はなさそうだが……神と意思疎通が可能になったことで起こる事態が大変そうだな」
「あ、ああ……確かに」
もう一通。
手に取ったのはシャーリーからの手紙。
ささくれ立っていた心が一気にあたたかくなる。
だが、この時期に手紙をよこすなんて、と不安になりすぐに手紙を開く。








