帝都へようこそ、婚約者さん(2)
「――以上がこの屋敷の内装よ。そんなに広くはないから、郊外にまた本宅を建てる予定なの。もしも希望があるのなら、大工と相談してね」
「へ!?」
新居の中をあらかた案内したアビゲイルが、建設予定地の新居の話をしながらリビングへと下りる。
新居に来たばかりで建設予定の新居の話を聞いたら、困惑するのも無理はない。
だが、そこは皇族。
アビゲイルは「なにかおかしなことを言った?」と侍女が淹れたお茶を受け取りながら首を傾げる。
「え、え、えっと……し、新居って、こちらのお屋敷のことでは……」
「ここは仮住まいだと思って。兄様が婚約者探しをしているのは父様の命令でね。そもそも結婚に消極的だったの。それなのに突然プロポーズして、婚約破棄させて略奪して連れてくるとか、でしょう? だから準備なんてほとんど進んでいなかったのよ。反省してほしいわ、兄様」
「すまん」
「皇族に嫁ぐ以上、シャーリーさんにはそれなりの家に住んでもらわなければならないの。でないとこの国の貴族に舐められてしまうわ。ティヴァロニ王国では子爵家の娘さんだというから、もしかしたらピンと来ていないのかもしれないけれどね? だから、わたくしの方でシャーリーさんには皇族に嫁ぐ者の最低限の教養を今から身につけてもらいたいの。大変だと思うけれど……」
申し訳なさそうにそう言うアビゲイルに、シャーリーはむしろ瞳を輝かせて顔を上げた。
想像とは違う反応に、アビゲイルは「あれ?」と首を傾げる。
「本が読めるんですか!?」
「あ、ああ……そういうこと。本が好きだとは聞いているけれど……まあ、そうね。読書による座学も、まあ、あるわよ」
「がんばります!」
「でもそれ以外にも色々、よ。皇子妃の仕事もあるので、そちらも覚えてもらいたいし……ジル兄様の場合は戦場に近い村や町の慰安の仕事などもあると思うから、自衛の術も学んでもらわないと」
「運動……」
ある程度の自衛の術がまさかの運動扱い。
大きく部類するのなら確かに運動かもしれないけれど。
「あとは容姿ね。眼鏡をかけているけれど、視力は本当に悪いのかしら?」
「あ、はい。この眼鏡は祖父母が買って贈ってくれたものなのです。紐を調整してずっと使っているので、度数はあまり、その……」
「あら、大切な物なのですね。ですが度数が合っていないのでしたら逆に視力が悪化してしまいますわ。その眼鏡は大切に保管して、新しいものをお作りしましょう。見えないのは危険ですわ」
「は、はい。そうですよね」
しょんぼりとするシャーリー。
極貧と聞いていたため、とても眼鏡を買う余裕が合ったとは思えない。
眼鏡といえば水晶を魔力で極限まで薄くし、その人間の足りない視力を補うように術を定着させる。
それはレンズと呼ばれるものになり、レンズの度数は同じ術師でなければ調整ができない。
同じ術師がいない場合は、新しいレンズを作る。
当然、シャーリーの眼鏡のレンズを誰が作ったのかはわからない。
「飾っておけばいいのでは?」
「はい? レンズを? に、兄様なにを言っているの?」
「祖父母の形見でもあるのだろう? しまい込むより、飾っておいた方がシャーリー嬢も心穏やかに過ごせるのでは」
「レンズを飾るなんて聞いたことありませんけど? ねえ? シャーリーさん」
「は、はい。あの、でも……飾っておけるなら……私も飾っておきたい、ですっ」
「ええ……?」
アビゲイル、困惑。
近くに控えていた使用人たちも、やや困惑。
眼鏡のレンズを飾るだなんて、聞いたこともない。
「なら、レンズを飾る額を特注しよう」
「いいのですか!?」
「大事なものなのだろう? 祖父母の優しさに想いを馳せる時間があるのはいいことだ」
「そうですよね……そうですよね!? ありがとうございます!」
呆気に取られる。
あのジルグロッセ第三皇子が、目を細めて笑顔の女性を見つめる姿に。
戦場ではその容赦のなさ、冷酷さに『血飢えの皇子』とまで呼ばれる人が。
特に驚いていたのはアビゲイル。
兄のこんな表情を見るのは初めてだった。
(ジル兄様、本当に……)
報告で聞いていた以上に、兄の眼差しは“恋をしている”人間のそれだ。
誰かを愛おしいと思う眼差しだ。
あらぁ、と口を手で隠してほくそ笑む。
こんな微笑ましい事態に、妹が喜ばないわけがない。
それこそ成人する遥か前から、兄はただ一人で皇族としての役目を戦地で果たしてきた。
第三皇子など、上に二人もいるのだから『予備にもならない』など口さがない者に囁かれて。
だから幼い兄は戦場に向かった。
彼なりの死場所捜しだったのかもしれない。
アビゲイルとしてはそんな三兄に、生きてほしいと思って帰還した時には構い倒してもらおうとした。
なのに年々感情の失せていく姿。
構い倒してもらう立場が、いつしか構い倒す立場に変わっていった。
その兄が。
「まあ、それはそれで新しい商売になるかもしれないから、商人たちも喜ぶかもしれないわね。うん、いいと思うわ」
それならもう肯定するしかないじゃないか。
兄に心が蘇っていく姿。
死地に囚われた兄を元の姿に戻してくれようとしているこの女性へ、感謝を込めて。
レンズを展示するなんて、ちょっとなに言ってるかわからない気持ちはあるけれど。
(兄様もある意味皇族の常識からちょっとズレてるところあるしねぇ)








