04
微睡む意識、昔の夢は段々と記憶の奥に仕舞われて、代わりに意識が覚醒を始める最中、遠くから鐘の音が鳴った。
「――スミレ!」
「どうしたんですか?」
隣に座っていた菫が居なくなっていないことにホッとする。もう大人、夕刻の鐘で帰る歳じゃない。だが、それでも一度浮かんだ恐怖はそう簡単に拭えない。
驚いた菫が鶯色の着物の裾で口元を押さえているが、その顔は――やはりボヤけて見えない。
「私はね、人の顔が見分けられないんだ」
ふと、思い出したかのように話した。
「ここで亡くなった少女に呪われたんだ。私が小さいころ、ここで寝てる間にあの池に足を滑らしたらしいんだ。これはきっとあの子の呪いなんだろうね」
「そんなことが」
菫は静かに顔を強張らせた。なぜそんな話を――菫には理解出来なかった。
「そのせいで、私は大切な人の顔も分からなくなってね。親の死に顔も好きな人の顔もボヤけて見えなくなってね」
良太と目が合う。たしかにこちらを見ているのに、焦点のボヤけた目。
「その子の名前は菫。鶯色の着物を着た可愛らしい子だった」
息を呑む音が響き、枝垂れ柳が彼女を責めるように靡く。
彼女は知らなかった。あの日、いつも通りこっそりと侵入した庭園で偶々見かけたあの少女が死んだことなど、良太が顔を認識出来ないのだって、もっと別の、下らない理由だと思っていた。
「君の名前を教えて欲しいな」
良太は横に座るボヤけた顔の女性に微笑んだ。
「えっと……言ってる意味が」
「結婚するんだ。君の本名くらい、聞く権利はあるだろう?」
そよ風に揺られた枝垂れ柳が青々とゆらめく。
ボヤけて見えないはずの顔。だが、良太には見えた。
あのときと変わらない、腫れぼったい涙袋を抱えた彼女が。




