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枝垂れ柳の下で待つ君は  作者: 天空 浮世


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1/4

01

 ある良家がお見合いを始めたらしい。

 そんな噂がどこからともなく、夏の風に乗ってやってきた。


「ねぇ、その話詳しく教えてくれる?」


「あぁ、あの藤家の三男坊が結婚相手を探してるんだとよ」


 急に現れた他人に驚きつつも、噂の主は半目で笑いながら酒臭い口を開く。


 その信憑性は不確かだが、それは自分で調べれば良い。

 私は早速準備を始めた。今度こそ、間違えないように。

 

 蛁蟟(ミンミンゼミ)の鳴き声と鹿威しの落ちる音が木霊する三畳ほどの畳張りの客間。良太はひとりの女性と向き合っていた。机を間に、互いに座布団を付き合って座っている。


「初めまして、藤良太さん」


 しゃなりと伸びた背中、鶯色の着物に縫い付けられた赤い牡丹が彼女の胸元で美しく咲いていた。

 

 黒く艶やかな黒髪が靡くとほんのりと椿の香りがした。相応に手入れが行き届いているのだろうが、良太は彼女の顔を見ると少しだけ残念そうに肩を竦めた。


「あぁ、よろしく」


 胡座のまま返事をした良太の目は前の女性ではなく、右側を向く。そこには縁側があり、外には庭園が広がっていた。

 

 今日は人生で初めてのお見合いだ。もうそんな歳なのだな、とどこか他人事に感じていた。

 先ほどまでは彼女の両親も共に座って色々と話していたが、今は二人きり。

 

 相手は誰でも一度は聞いたことのある企業の娘。名は菫というらしい。蝶よ花よと育てられただろうに、非常に慎ましやかだ。傲慢でも下衆た様子でもない淑女だ。


 こちらは三人兄弟の末っ子の万年引きこもり。こんな体たらくではどこで雇われることもないが、幸い財には困っていない。金目当てか、我が家の家名が欲しいのか。


 兄弟は家族と共に都会へ出ており、屋敷にいるのは良太のみ。


 ここで一人孤独に死ぬと思っていたが、まさかの縁談だ。その名前を見て思わず引き受けてしまったのは、ある一種の気の迷いだろう。

 側から見れば文句の付け所など一切ない良縁。これが他人の見合いであればそれは大いに喜んだだろう。


 そんな完璧と言わざる負えない縁談。だが良太の心は既に決まっていた。


「綺麗なお庭ですね」


 菫の顔が自然と庭園へ向く。


「そうだろう」


 この屋敷は父から譲り受けたものだ。その大きさはここいらでは有数だが、それよりこの荘厳とした庭園が我が家一番の取り柄だろう。


 老年の庭師が広すぎて整備が大変だと、幼少期にぼやいていたのを聞いたことがある。それを子供ながらに誇りに思ったものだ。


 庭の池に置かれた鹿威しが下がるままに視線も池に落ちる。瓢箪のような大小二つの楕円が重なる池。

 大きさは学校の25メートルプールとそう変わらない。瓢箪の小さい方からは、小川が涼しそうに流れ出していた。

 

 ――あんなことがあっても、つい残して眺めてしまうほどに、そこには大小様々な思い出が詰まっていた。


「少し、歩きましょうか」


「あぁ」


 着物の裾が床に付かぬよう、器用に立ち上がった菫に続いて、縁側から庭園へと降りた。

 

 赤い唐傘を日陰に小川の横を並んで歩く。敷かれた白い砂利が擦れる音。歓迎する蛁蟟の鳴き声につられて彼女を思い出す。


 あれは今日のように日差しの強い日だった。


 今から十年前。まだ背の伸び切っていない良太は、麦わら帽子を被って、唐傘ではなく虫取り網を片手に螻蛄や蜻蛉を探していた。


 この小川は敷地内を流れるものだ。小川の流れる先には使用人しか居ない筈だった。池の近く以外では基本、一人で行動を許されていた。

 

 池に近付くと、兄からそんな身を乗り出すと落ちて溺れるぞ。と脅されたものだ。

 良太のような子供の足では地面に着かない場所があり、そこに良太が近づくときは、兄や母、使用人のいずれかが着いて回っていた。

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