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悪役令嬢の道から外れた僕の未来  作者: こま猫


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第15話 パトロンになればいい

「いらっしゃいませ」

 木の扉を開き、その扉に付けられていた小さな鐘がカランと鳴った後で、店主らしい男性の静かな声が響いた。

 店内の壁には魔道具のランプがつけられていて、魔道具の一種らしい金属製の小鳥がランプの隣でぱたぱたと翼を動かしている。奥にあるカウンターの横には、金属製の魚が泳ぐ水槽があったり、何のための道具なのか解らない雑多なものがそこら中に溢れている。

 そのカウンターの中に立っていたのが、肩の上で切りそろえた金髪と、片眼鏡が印象的な店主である。痩せ型で背が高く、二十代前半くらいの男性が柔和な笑顔をこちらに向けてきていた。

「ああっ、実物はもっと素敵ね!」

 唐突に、僕の横に立っていた母が歓喜の声を上げた。「わたし、実は一番好きだったのよね! この、鐘が鳴った後に『いらっしゃいませ』っていうイケボ! 買うものないのにこの声聞きたさに通ったもの!」

「……はい?」

 浮かれた母の台詞に驚いたように、店主が眉根を寄せて首を傾げた。「どちらかでお会いしましたか? 失礼ですがお客様は……」

「そりゃもう、前世で何度も会ったわよ!」

「は?」

「すみません」

 そこで僕は母の口を背後から手で覆って、無理やり二人の会話に割り込んだ。「僕の母はちょっと言動がおかしいのですが、無視してください。あの、実は僕たちはこちらに魔道具を探しにきたのです」


 じたばたともがく母親を何とか抑え込んだまま、僕は店主と会話を始めた。

 相手もこちらが客だと気づくと――しかもそれなりに金を持っていそうだと気づくと――、営業のための笑顔を取り戻す。そして、カウンターの脇にあった小さめのテーブルと椅子を指し示し、座るように促してきた。

「大人しくしていてください」

 僕は母にできるだけ低い声で囁いてから、彼女を解放して先に椅子に座ってもらう。母は唇を尖らせながらテーブルに頬杖をつき、店主が三人分のお茶を淹れて戻ってくるのを待った。

 ――子供か。

 僕は笑うのを我慢しつつ、いじけた様子の母の隣に座る。

 ガブリエルは落ち着かない様子でそれほど広くはない店内を歩き回っていたが、店主が真っ白なティーカップをテーブルに置くのを確認すると慌てて僕の向かい側にあった椅子に座る。


「実は、片足になった兄のために義足を探しています」

 ガブリエルがお茶に手を付けないまま、背筋を伸ばして真剣な眼差しを店主に向けた。店主は知的な輝きを放つ双眸を彼に向けていて、薄く微笑む。

「それは、普通の義足ではなく……という意味でしょうか」

「そう!」

 ガブリエルが勢い余って椅子から立ち上がり、テーブルに両手をついた格好で続ける。「魔物相手に戦って勝てるのが当然なくらいの、とんでもない義足が欲しいんだ! 武器とか仕込んであってもいいし、その足で蹴ったら魔物が吹き飛んだりしてくれたらもっとありがたい! です!」

 途中で我に返ったのか、慌てて口調が改まったものに変わるけれど、もうすでに入店した時の貴族然とした仮面は剥がれ落ちている。ガブリエルは頭を掻きながら椅子に座り直し、気まずそうに笑った。

「……金はあります。ええと、俺じゃなくて父? が、凄い金持ちなので、好きなだけ出すはずです」

「それはそれは……」

 店主が僅かに苦笑を漏らし、小さく唸りながら考えこんだ。そして、躊躇いがちに口を開いた。

「腕のいい職人はいますが、そこまで性能がいい義足は造れません。これから造るとしても、どれだけ時間がかかるか……」

「お金と時間がかかるってことかしら。つまり、ガブリエル君がパトロンになればいいんじゃない?」

 そこで、母がお茶を啜りながら口を挟む。

「パトロン?」

 ガブリエルが困惑したように僕の母を見つめた。すると、母はニヤリと笑ってカップをソーサーに戻した。

「そ。新商品の開発費は当然として、実際に販売できるようになるまでの、その職人の生活費、食費、その他もろもろ。それを、将来のための投資として考えれば安いもんでしょ。その代わり、パトロンとしての利益も返して欲しいわよね。同じ商品を他の人に売るなら、その何割かの利益を回して欲しいし」


 そこで、母の瞳に計算高さを思わせる輝きが灯る。こういう表情は今までの何度か見たことがある。母はコンラスで暮らしていた時、あの小さな街でいくつかの商会と取引をしていた。海千山千といった商会の人間とやり取りをしている時、いつもこんな顔をしていた。

「それで、その職人さんが本当に凄腕なら、専属契約を結んでもいいじゃない? ガブリエル君、どうせなら引き抜いちゃなさいよ。優秀な人材はどれだけいてもいいわよお。攻撃とか防御に特化した義足とか義手とか、未来性しか感じないじゃない? ギルドに売り込んだら、それこそがっぽがっぽ儲かるって話よ」

「え」

「ちょっと待ってください、引き抜きですか?」

「お金の力があれば一発で解決でしょ。この店よりもずっと好待遇で雇い入れをすれば、その人だって不満はないはずよ」

「ちょ」

 困惑するガブリエルと、狼狽する色を隠せない店主。そして僕はといえば、額に手を置いてため息をつく。すっかりやり手の商売人と化した母が、店主に腕を掴まれて「少し内密にお話を」と店の奥に連れて行かれるのを、ただぼんやり見送る。

「え? おい」

 慌てた様子でカウンターの奥にある扉と、僕を交互に見やるガブリエルに気づき、僕は肩を竦めて見せた。

「母は変人だけど、まあ、大丈夫だよ」

「そ、そうか?」

「それよりさ」

 僕はガブリエルに冷め始めたお茶を指先で指し示しながら、小さく微笑む。「ガブリエルはいいの?」

「何が?」

 彼はそこでやっとお茶の存在を思い出したようで、カップに口をつけて一息つく。

「その……お兄さん? が義足を手に入れたら、君の家での立場が弱くならない?」

「ああ、それはどうでもいいや」

「え」

 ガブリエルは至極当然といったように続ける。

「元々、兄とやらはベンディック家を継ぐために教育を受けてきた人間なんだよ。俺が兄に勝ってる部分なんて、足が二本あるだけだ。平民として剣を振ってた俺が、跡取り候補として今更どんな教育を受けたとしても、兄以上の評価を受けるとは思えない」


 そうだろうか。

 僕はじっと目の前の彼の表情を観察し、その言葉の裏に何か潜んでいないか見極めようとしたけれど――本音で語っている気がした。


 ただ、これは僕の経験上の考えだけれど。

 コンラスで母と一緒に暮らして、貴族としてよりも庶民として暮らしてギルド活動をしていたから、お金とか権力というものがどれだけの力を持っているかよく解っている。

 お金がなければ飢える。権力がなければ権力に負ける。それが現実というものだ。

 ベンディック公爵家に引き取られたガブリエルは、このまま何もなければ平穏な生活が手に入るのだ。ただそれは、彼の兄の犠牲の上に成り立つ……のだろう。

 どちらを選ぶかは難しいが――。


「ああ、でもまあ、ベンディック家の恩恵は欲しい」


 そこで、僕の感傷じみた思いを振り払うかのような彼の言葉が耳に飛び込んでくる。


「え?」

 僕が彼をまじまじと見つめ直すと、ガブリエルは勢いよくティーカップの中のお茶を飲み干して、少しだけ乱暴にソーサーに戻す。そして、その勢いのままこう言った。

「ベンディック家の人間だった方が、俺はお前に横恋慕できる可能性があるってわけだろ? その権力を利用してさ」

「……は?」


 いや。

 いやいやいや。


 僕は『横恋慕は駄目だろ』と言いたくなったものの、ガブリエルは笑いながらも真剣な眼差しで僕を見つめるものだから。

 どう反応したらいいのやら。


「早く婚約解消に持ち込んでくれ。でないと、俺が泣くぞ?」

 ガブリエルは少しだけ眉根を寄せて困ったように言う。

「……いや、それは。泣くな」


 また、訳の分からない感情が僕の中に生まれて、思わず彼から目をそらしてこの店の商品に意識を向けた。そして、僕のもう一つの目的を思い出して椅子から立ち上がる。その時、ちょうど店の奥から母と店主が戻ってきた。

「じゃあ、よろしくね!」

 と、上機嫌で足取りの軽やかな母と、ぐったりと疲れた様子で肩を落としている店主。どんな会話があったのかは解らないが、お疲れ様です、と言いたくなった。

 母はまっすぐガブリエルのところに歩み寄ると、ぽんぽんとその肩を叩きながらニヤリと笑う。

「話はつけてきたわよ! 次、噂の魔道具技師に会えることになったから! ガブリエル君、何とか手付金を公爵から引っ張り出してきてね!」

「え、はい」

 反射的にそう応えたガブリエルは、一瞬遅れて『本当に?』と問いかける視線を僕に投げる。とりあえず、それは気づかなかったことにしておこう。

 そして、僕は軽く右手を上げて店主の意識をこちらに向けさせた。

「あの、すみません。他にも欲しい魔道具があるのですが」

「何でしょうか」

「いや、僕は母ほど無茶なお願いはしません」

 警戒した様子の店主に同情しつつもそう前置きして、僕は苦笑した。「もの凄く小さな魔物みたいなものを大量に捕まえるんですが、こう……持ち運びが簡単な収納用の魔道具とか欲しいんです」

「……ああ、それは確かに簡単でありがたいですね」

 そこで店主は片眼鏡側の目元をピクリと動かし、安堵したように息を吐く。「ダンジョンを攻略するような冒険者の方々によく販売しますよ、そういう収納鞄。ただし、内容量の大きさによってはかなり高額になりますが」

「別にかまいません」

 僕がそう言って、店主がまた店の奥に戻ろうとするその背中に、母が椅子に座りながら言葉を投げつける。

「ついでに、うちの浮気夫がハゲて腹が出て足が臭くなるような魔道具があったら持ってきてくれる?」

「ありませんよ!?」

 噛みつくような声が店の奥から飛んできたが、それに重なるようにガブリエルが「それ、殿下にも」と言いかけたのが聞こえ、僕は慌てて彼の唇を手で塞いだ。

「さすがにそれ、誰かに聞かれたら首が飛ぶからね?」

 力いっぱい彼の口を押えたまま、低く警告の言葉を吐き出したけれど。


「やっぱり、いい声してるわあ。しばらく彼目当てで通おうかしら、ここ。全力で推せる!」

 と、母が緊張感のない言葉をこぼしたものだから、僕とガブリエルの間にも奇妙な空気が流れたのだった。

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