第14話 魔道具屋と教会
「あらあらあらあら」
僕の目の前で、両手を組んで少女のように目を輝かせている母が大きな声を上げた。「もうもうもう、やるじゃなーい!」
そこでばしばしと僕の肩が母に叩かれて、思わず後ずさって隣を見た。そこには、私服姿のガブリエルが困惑した様子で立ち尽くしていた。
学校が休みだった今日、僕はガブリエルを我が家に招いている。
少し前に、母に相談したことが原因だ。
「……魔道具が欲しいんだけど、信用できる店を知ってる?」
と訊いたら、「ああ、それならわたしも行きたいところがあるのよねー。行きたいというか、本当に実在するか確認したいというか」と変なことを言い出したのだ。
よくよく話を聞いてみると、ゲームの中で何でも売っている店が出てくるらしいのだ。ヒロインがそこで色々なアイテムを買うのだとか。
課金がどうこうとか、チートアイテムがどうこうとか、よく解らないことも言われたけれど僕が母の前世とやらを理解することはきっと不可能だろうと思って聞き流しておく。
でも。
「学校生活しているヒロインが通える魔道具屋なんだから、王都にあるのは間違いないはず!」
と母がこぶしを握り締めて力説し、使用人たちにも頼んで探させたら、本当にあった。どうやら王都では知る人ぞ知る、といった感じの小さな店らしい。でも、掘り出し物が多いとかで少しずつ有名になり始めていたようで。
「よし、早く行くわよ!」
と、それを聞いた母が一番乗り気になってすぐにでも出かけようとするのを、僕は何とか引き留めた。
だって、休日でないとガブリエルが同行できないのだ。僕がそれを説明すると、今度は母が意味深な笑みを浮かべてこう言った。
「あらやだ、ボーイフレンドができたの?」
ちょっと意味が解らない。
そして今日、母の中で一番の興味の対象となったガブリエルは、僕が意外に思うほど緊張しながらやってきた。
正直なところ、僕の住んでいる屋敷はガブリエルの住んでいる公爵家と比べたらびっくりするほど小さいだろう。緊張するほどのことでもないのだけれど――。
「が、ガブリエル・ベンディックといいます」
ぎくしゃくとした動きで頭を下げた彼は、僕の背後から姿を見せた母に思い切り頭を下げる。すると、母は上機嫌な笑顔のまま小首を傾げてこう言った。
「知ってるわ! あなた、ゲームの中ではアルフレート王子の側近で、ミハルの悪友なのよね! でもやっぱり、実物の方がイケメンだわ! 会えて嬉しい!」
「は?」
頭を上げたガブリエルは困惑して固まっていて、僕はと言えばまた始まった……と額に手を置く。
ごめん、ガブリエル。これがうちの母親だ。
ガブリエルはただ茫然と母を見つめたまま、小さく囁くように言う。
「側近……? 俺のこと知ってる?」
「それは僕も意外だった」
「ミハルってアレだろ? お前の」
「うん、弟」
「悪友って、俺、ほとんどあいつと喋ったことないけど。何で俺、あいつと仲いいみたいに思われてんの」
「うーん……」
「おいエヴァン」
そのまま、軋んだ音でも立てそうな動きで僕を見た彼は、やがてその目を細めて見せた。「……そろそろ、お前の秘密を教えてくれない?」
「うん」
――そうだろうな。
僕はそこで、覚悟を決めた。
そして僕らは今、リンドルース家の家紋の入った馬車に乗り込み、ガブリエルの疑問に答えることにした。
説明をしてくれているのは母で、僕は基本的にずっと無言のまま、時折ガブリエルがぽつぽつと質問を挟む。誰が聞いても信じられないだろうというとんでもない話を、ガブリエルは真剣に聞いて、そしてそれを最終的には受け入れた。
「まあ、納得できる……気がする」
ガブリエルは深いため息をつき、ぼりぼりと頭を掻いて小さく唸る。「俺が予想していたよりずっと変な話だったけど。でも、どうしてお前が男装してるのかとか、ずっと知りたかったし聞いてよかったと思う」
「まあ、わたしもうちの子には幸せになって欲しいからね、色々やってきたのよ」
母がうふふ、と笑いながらガブリエルに話しかける。「そのためには、あの浮気王子から引き離すのが一番。早く婚約解消させたいのに、なかなか上手くいかないのが困ったものだけど!」
「そう、ですか」
ガブリエルがそこで、口元を変な風に引きつらせた。
何か言いたいことがあるのに言えないというか、笑いをこらえているというか。
そして、母の隣に座っている僕に視線を向けて、嬉しそうに笑った彼。何で笑う、と問いかけたかったけれど、何だか聞けなかった。
「あらあ、いい雰囲気の街じゃない?」
目的地についてすぐ、母が先に立って降りた。僕が母の手を取って降りようとするのも待たず、そわそわしながら辺りを見回している。僕は自分の手の行き先がなくなってしまって、それを下ろそうとしたのだけれど。
「どうぞ、お嬢様」
と、ガブリエルがニヤリと笑いながら僕の手を取った。
ああもう、反応に困る!
僕は思わず硬直して彼を見つめた後、小声で注意する。
「僕は今、男の格好をしているからね。見た人間に誤解を与えるよ?」
「いくら男装しているって言ったって、どうやっても男には見えない。大丈夫、安心しろ」
何がだ!
僕はそう叫びたかったけれど、結局は何も言えないまま、ガブリエルに手を引かれて馬車から降りた。
何だか妙に顔が熱を持っている気がして、ガブリエルのことから意識をそらす。まずは当初の目的を思い出そう。
目的の魔道具屋はどこにでもあるような、小さな雑貨屋みたいな雰囲気だった。気の扉、そのすぐ横に商品を並べて見せている大きな窓。扉の上を見れば、手作りらしい看板に『満月堂』と書いてあった。
辺りを見回してみると、ここは大通りから奥に入った路地裏の細い道で、僕らが乗ってきた馬車が入るともの凄く狭さを感じる場所だ。
少しだけ人通りはあったけれど、やはり皆、奇妙な表情でこちらを見て通り過ぎていく。
明らかに貴族の馬車だと解るわけだし、見事に場違いな気がする。
しかし、母は全く気にした様子もなく、子供のようにうろうろと歩き回り、魔道具屋よりも別のものに興味を惹かれたように足を止めた。
「教会?」
僕は母の後ろに立って、目の前の建物を見上げる。
魔道具屋の傍にある、白い壁の綺麗な教会。石造りの壁の一部には、この教会で祀られている神様が誰なのか、解るように模様が描かれていた。
それは心臓を示す形。
愛を司る神様がいらっしゃる教会らしい。
「やっぱり近くにあったのねえ」
母は感嘆の声を上げ、嬉しそうに両手を胸の前で組んだ。
「やっぱり?」
僕が母にそう声をかけると、キラキラした瞳がこちらに向けられる。
「ゲームの中ではね、ヒロインが毎日教会にお祈りをする場面があるの。だってお祈りすると経験値がもらえるからね、もったいないもの」
「もったいない……」
僕はただ母の言葉を繰り返し、そっと隣に立ったガブリエルの横顔を見つめた。ガブリエルは母の言葉を理解できていないようだが、面白がっているのが解る目つきをしている。
「ねえねえ、ちょっと中を覗いてもいい? さすがにヒロインはいないだろうけど」
母が僕のシャツをつんつんと引っ張りながら、小首を傾げてお願いをしてくる。それを断るのは僕には難しく、ガブリエルに小さく「ごめん」と言うと彼もすぐに理解してくれたようだ。
「俺も興味あるから覗いてみるか」
と、彼も小さく笑いながら頷いた。
教会の扉は開け放たれたままで、中から誰かの声が微かに響いている。
僕らが教会の中に足を踏み入れると、ずらりと並んだ木の椅子と、そこに座っている数人の人影が目に入った。そして、祭壇の前に立っている人たちと、大きな女神像。
「あらあらあら」
母が僕らだけに聞こえるような声で、小さく囁いた。「どうやら結婚式みたいよ? さすが愛の女神、アイ様の教会なのねえ」
母が結婚式と言ったのは、祭壇の前に立っているのは若い男女と神父様がいるからだ。初々しい雰囲気の男女は、神父様の前で誓いを立てているらしい。そして、それを椅子に座って見守っているのは彼らの血縁者なのだろう。
こういった小さい教会で結婚式を挙げるのは、ほとんどが平民の人たちだ。彼らが出せるだけの寄付金を納め、神父様に新しい生活に祈りを捧げてもらう。そして、神殿に提出する書類にサインをして終わる。
貴族たちのように、神殿に行って多額の寄付金の代わりに豪華な結婚式を挙げるわけではないけれど、一生に一度の幸せな時間を過ごすのはどちらでも変わらないはずだ。
婚姻の儀式が進み、最後に神父様が魔術を使って彼らの頭上からキラキラ輝く花びらを降らせて終了。
嬉しそうな男女を見て、自然と僕の口元も緩ませていると。
唐突に、ガブリエルが口を開いた。
「エヴァンのお母さんに会わせてもらって、こうして教会にも来たということは。もう、俺たちも結婚してもいいのでは」
げほ、と思わず咳き込みそうになって、慌てて僕は自分の口元を手で覆った。
そして、母がガブリエルの小さな囁きを聞き逃すはずもなく、にやにや笑いながらこちらを見やる。
「思い切りお米をぶつけたやりたい気分だわあ」
「おこめ?」
ガブリエルが首を傾げて母を見つめると、さらに母は目を細めて揶揄うように続けた。
「そう。お米というのは穀物の一種。それを結婚する二人の頭の上から降らせるのはね、結婚しても食べるものには困らない生活になりますように、という意味と、たくさん子供が生まれますように、という意味が含まれているらしいのよね」
「子供」
「子供」
つい、僕とガブリエルの声が重なった。
僕はただ単に『何てとんでもないことを言いだすんだ』という呆れ混じりの言葉であったけれど。隣にいたガブリエルを見たら彼の耳が少しだけ赤くなっていたので、僕も遅れて顔に血が上ってきた。
――駄目だ、いい加減に逃げよう。
僕は慌ててガブリエルの腕を掴んで、教会の外へ足を向けた。ガブリエルはなすが儘になっていて、大人しくそれに従ったけれど、母だけは結婚式の観客として教会からなかなか出てこなかった。
――女神アイ様、うちの母親を何とかしてください。
そんなことを心の中で呟きながら路地裏に立ち尽くしていると、どこからか軽やかな鈴の音が響いた気がして辺りを見回してみる。
そこに、ガブリエルの茫洋とした声が響いた。
「愛の女神に『エヴァンの婚約が解消されますように』と願ったら天罰が下るだろうか。下ってもいいか、うん、どうでもいいな」
ガブリエルもガブリエルで言動が怪しい。
僕はその場に座り込みたい衝動に駆られながら、魔道具屋の看板の前に立ったのだった。




