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北条家を取り巻く情勢、そして蒸気機関

北条家を取り巻く情勢


 永禄元年も半分が経過したので、ここで近隣諸国及び畿内の情勢についてまとめてみたいと思う。

 まず、関東については、表面上は北条家優勢の状況となっている。上野国では、沼田家のお家騒動に介入することで、上杉方の沼田城(群馬県沼田市)を北条家の勢力下に置くことに成功し、下野国でも親北条の宇都宮広綱に壬生城の壬生綱雄を攻めさせるなど、北条家の勢力は順調に増大している。常陸国の佐竹義昭も、その内心まではわからぬが北条家に対して従順に振る舞っている。

 だが、この北条家優勢の状況は、長尾景虎の介入次第で容易に崩れることを氏康は理解していた。長尾景虎の関東侵攻前に北条家が関東を平定できれば北条家の勝利なのだが、安房の里見家は相変わらずの籠城戦を続けている。長尾景虎の越山を何年でも待つという態度を崩さぬ里見義堯に対し、氏康たち北条家首脳陣はいら立ちを隠しきれぬのであった。

 えー、俺が参戦すれば里見ぐらいすぐ降せるのではと考える人も多いと思うが、特に出陣命令は無かったので、俺はひたすら内政に専念していたよ。やはり、昨年武勲を上げすぎたのが原因じゃあないかな。実際、俺の領地は二千貫を超えているし、そこらの重臣よりも多いんだよね。領地の貰いすぎで危険視されて首を斬られるのも嫌なので、俺はしばらく大人しくしていることにするよ。


 次に畿内であるが、弘治三年十二月に足利義輝と三好長慶間で和睦が成立したため、翌年一月に義輝が帰京して幕府政治が再開した。もちろん、これは義輝・長慶双方の妥協によるものであったため、義輝は三好家に様々な栄典を与えて三好家の社会的地位を上昇させる一方、三好家は義輝の臣下として目に見える形で幕府機構に組み込まれることとなり、両者とも不満が残るものとなったのだが、俺に言わせると三好長慶の判断ミスだったのではないかと思う。なぜなら、将軍が三好以外の有力大名を御相伴衆なり管領なりに任じて、逆賊三好長慶を討てということも可能になってしまったからである。

 実際、二月に織田信長、四月に斎藤義龍が上洛して将軍と謁見するなど、将軍に忠誠心を示す大名も現れている。

 結局、御相伴衆に任じられた三好長慶は、管領代行として幕政の実権を握る法的根拠を得た代わりに、三好家に取って代わる有力大名の出現に常に警戒しなければならなくなったのであった。


 一方、越後の長尾景虎は、五月に五千の兵を率いて、天文二十二年以来二度目の上洛を果たした。その際、景虎は将軍義輝に三好・松永両軍の討伐を提案したのだが、将軍が日和ったため、その案が実行されることはなかった。

 しかし、景虎の正義感と義理堅さを高く評価する将軍は、景虎を関東管領に補任するとともに、『管領並みの待遇』と『上杉の七免許』と俗称される莫大な特権を与えることで、景虎の忠誠に報いるのであった。これに感激した景虎は、関東平定後に上洛して将軍義輝のために尽くすことを誓い、京を去るのであった。


 最後に、駿河の今川義元は尾張を手中にすべく、三河では民に重税を課して軍資金を集め、尾張では土豪・国人衆を調略して今川家に寝返らせるなど、信長の首を徐々に絞めつけていくのであった。


蒸気機関を作ろう


永禄元年(1558年)6月中旬 武蔵国横浜城


 梅雨の時期だというのに雨が降らないね。やはり、今年は日照りになるのであろうか。

 航海から戻った俺は、羽毛を堀口新兵衛に任せると、守重の鍛冶工房へと向かった。

 俺としては、これからの時代は海外進出というか、海外との交流を増やす必要があると考えている。実際、江戸時代の鎖国は、日本国内の安定には寄与したが、その間日本の技術(特に軍事面)は進歩することなく停滞して、結局ヨーロッパ諸国に好き放題されてしまったからね。独善的で極端な意見を封じるという意味でも、諸外国との交流は有益なものとなろう。

 そんな訳で、今ある南蛮船を改良して、より早く、より多くの物を積載できる船にしたいと考えているよ。具体的にいうと蒸気船の開発だね。なんでいきなり蒸気船なのかと問われれば、いつまでも俺の怨霊魔法を頼りにされては困るからである。現状では、俺がいなくなった途端に横浜長野家滅亡ともなりかねないからね。一応、一人ひとりの持てる力を強めて自立した人間を増やすことが、当初から一貫した俺の目標だよ。目指せ、日本発の産業革命、なんてね。

 もちろん、俺は産業革命を全面的に肯定しているわけではないし、このせいで深刻な環境問題が引き起こされたわけだから、余計なことしやがってとも思っているが、ほっといても産業革命が起こるのであれば、自ら革命を起こして主導権を握ってしまおうという訳だよ。

 ということで、蒸気機関を作って貰おうと思って鍛冶工房に来たのだが、しばらく見ないうちに随分と職人が増えたね。なんでも、父業政の推薦で権田鍛冶師数十名が俺の発明を手伝いに、横浜まで移住してきたのだそうだ。さすが父上、こうして俺の欲しい人材をナイスタイミングで寄こしてくれるとは。やはり、上州の黄斑と言われるだけのことはあるね。


注:権田鍛冶とは、群馬県高崎市倉渕町権田で活動していた鍛冶集団のことで、その歴史は南北朝時代まで遡るそうです。


 ちなみに、権田鍛冶師の代表(まとめ役)は権田政重ね。

 こうして鍛冶職人も増えたことだし、引き続き守重たちには商品開発等で頑張って貰うことにしよう。


 さて、肝心の蒸気機関であるが、さすがに『お湯を沸かして鍋蓋が動く』のを見せて、この力を用いてエンジンを作れなんて言うのは無茶すぎだよね。設計図を書いて見せたところで、なんか凄そうというのは分かるが、実用化は困難であろう。やはり、蒸気エンジンと蒸気タービンの模型ぐらい作って見せないと駄目かな。

 そこで、俺は守重や政重たちと鍛冶工房に籠り、数日かけて蒸気機関の模型作りをすることにしたのであった。一応、その間の城主の仕事は藤殿に任せておいたよ。言い忘れていたけど、藤殿は氏康の養女になるぐらいだから、とても優秀だったりする。そう、城主代理をこなすことなど造作もないほどにね。今まで、俺が横浜城を留守にするたび藤殿に城主代理を任せていたのは、これが理由だったのであった。

 えー、話を蒸気機関に戻そう。

 蒸気タービンであれば、誰もが簡単に構造を理解できると思う。蒸気を羽根車に吹き付ければ回転することくらい、子供でも分かるだろうしね。これにボイラーと復水器を付ければ、蒸気タービンの完成である。

 一方、レシプロ式の蒸気エンジンについては、一目で理解するのは難しいのではないかと俺は思う。実際、シリンダーに蒸気を送り込んでピストンを押すのは分かるけど、なんでそのピストンが元の位置に戻るのか、ぱっと説明できる人がいたら凄いと思うよ。コネクティングロッドやクランクを用いて、往復直線運動を回転運動に変換するのも凄いね。でも、俺が蒸気エンジンで一番凄いと思うのは、やはり『滑り弁』であろうか。ピストンが直結した回転軸にもう一つ『滑り弁駆動用クランク』を付けて、シリンダーの左右に交互に蒸気を供給してピストンを動かした上で、その反対側では排気口から排気を放出するわけなのだが、できれば図で説明した方が分かりやすいかな。ピストンが左と右の状態で、蒸気の供給と排気の経路がどうなっているかを二枚の図で示せば分かりやすいのだろうが、下手に図を示して著作権の問題が発生したら怖いなあ、なんてしょうもないことを考えつつ、俺と守重・政重たちは蒸気機関の模型作りに精を出すのであった。

 守重や政重たちは、俺の言われるがままシリンダーやピストンを作っていたのだが、段々と形になるにつれて、目に見えてテンションが上がってくるのであった。

「こいつは、今まで見たことも聞いたこともない、とんでもない代物だ」

 政重はこんなことを言って興奮しているが、俺にも良く分かるよ。

 やはり、研究者にとって世界初の物を作るというのは、途轍もない喜びだからね。

 そんな感じで、鍛冶工房に籠ること一週間。ついに、蒸気エンジンと蒸気タービンの模型が完成したのであった。もちろん、多大な迷惑をかけた藤殿には、真っ先に報告したよ。

 皆に模型を披露して蒸気機関の説明をすると、早速俺は模型を動かして見せるのであった。楽しい実験の始まりだね。

 まず、ボイラーを石油ランプで加熱すると、中の水が沸騰し始める。すると、管を通って蒸気がシリンダー内に供給され始める。ここで、回転軸に取り付けられた車輪を手で回してピストンを前後させると、車輪が自ら回転し始めるわけである。

 藤殿や家臣たちは、蒸気の力で車輪が回転するのを不思議そうに眺めていたよ。

 一方、職人たちは『蒸気機関が実用化されれば、歴史が変わる』『蒸気機関を船や台車に取り付ければ、風や人力なしで好きに動かせるではないか』『すげー』『そうだんべえ』などと騒いでいる。

 とりあえず、職人には期限を設けずに外輪蒸気船の開発を命じることにして、俺自身は『この蒸気機関を実用化することで、一人ひとりの持てる力を高め、出来る事を増やしていき、いずれはごく一部の上級武士が政治を独占(民が上級武士に政治を丸投げ)するのではなく、より多くの人々が自分事として国政に関与できるようにしてみせよう』なんてことを心に誓うのであった。


 そうそう、シリンダーやピストンが作れるのであれば、転生ものでお馴染みのアレぐらい簡単に作れるんじゃないかな。ということで、鍛冶職人たちには手押しポンプも作って貰うことにしたよ。水汲みに苦労している人は多いと思うので、『できるだけ早く広めて、少しでも多くの人が重労働から解放されれば良いな』なんてことも思ったりした。

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