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「昆虫図鑑にそんな種類載ってないよー!」
部屋で絶叫しているのは、図書館で借りた昆虫図鑑を放り出したジュリアンだ。
どうやらホテルに戻って来た安心感から緊張の糸が切れたようで、昼間に見た光景を頭から消すために絶叫して気分を変えようとしているようだ。
花屋に避難した後、聖堂前に時間通りにやってきた迎えの馬車を見かけると、辺りを見回して虫のようなものが飛んでいないことを確かめた後、馬車に乗り込んだ。
馬車の御者は先ほどの蠅の事件のことなど知らなかったようで、乗り込む際に私達から蝿が人を襲っていたという話を聞いた途端、身の危険を感じたのか帰りの馬の速度を上げた。
街に戻った後、私たちはそのまま図書館に向かい、ライス様とセリム様は大聖堂に向かったが、彼らも大聖堂をさっさと見て回った後図書館にやってきて、図書館司書を質問攻めにして資料探しに奮闘した。
この三日分のこの図書館に届けられる十社以上の新聞をそれぞれ分担して読み、閉館時間が近くなったので、仕方がないから貸出不可だという古典全集や民話全集、地図、動植物の図鑑に宗教関連の本などは、ここぞとばかりに名を名乗って地位や権力をかさに着て明日には返却すると言って本を借り、ホテルに四人では運べない冊数になったので図書館の職員に袖の下を払って重い本を運んで貰った。
そして戻ってからは、ホテルで待機していたマギーにライス様とセリム様についてきている従者の方々と一緒に殺虫剤などの買い出し旅へ行ってもらうことにした。
ジュリアンの部屋がこのホテルのスイートでは一番部屋数が多いようなので、彼の部屋のリビングに集まって運んだ資料を読むことにしたのだが、血を流しているところまでは見ていないが、さっきの光景が思い出されて気持ち悪いのだ。
「ハイトのやつ早く市庁舎から戻ってこないかな」
「そうだな。俺も早く王子に会って情報が欲しい。あれは絶対退治しないとまずいぞ。
出来たらカレンデュラから援軍を送って欲しいくらいだ」
信じられなかったあの光景で「昆虫兵器の可能性についても考えよう」と意見が男三人で固まっている。
「歴史上今までの我々の知っている人類の戦争は人間が道具を使った戦争しか知らない。
確かに騎馬など移動手段や伝書鳩などの伝達手段として動物を使用したことはあるだろうが虫は聞いたことがない」
「最悪、街が封鎖される可能性もあるな。
あんなのが一匹でも何かに紛れ込んで広がったとしたら最悪だ。
病原菌も怖いが虫は盲点だったな」
ホテルに戻ってからジュリアンが真っ先に昆虫大図鑑を恐ろしい勢いでページをめくって読み始めた。図鑑を片手にほかの借りてきた資料もテーブルや床に広げて片っ端から気になるものをメモ用紙に書きなぐっている。
「ライス様は先ほどから何を調べているんですか?」
「君も読んだ民話の悪魔が変化した蠅が少女から飛び出して群がった供物に関してだよ。
昔話や言い伝えは時として答えを教えてくれるからね。その蝿が寄って行った供物の種類は何かと思って」
「なるほど。
……だとしたら大聖堂のケースの中に入っていた経典と同じ内容の本はあるかしら。
民話はその旧き神のお話から生まれていますよね。経典に載っている可能性もあるんじゃないかしら」
「ああ、そうなんだよ。
で、そういうレナ殿は何を読んでるんだ?
「武器の作り方」って、一体いつそんなもの借りてきたんだ?」
「いや、あの蝿対策用に参考になるかなと思って借りました。
さっきのあの現場で殺虫剤を噴射していた人もいましたが全然効果なかったじゃないですか。
水で洗い流しても次から次に上から襲い掛かっていましたし。
それに匂いじゃ逃げていくだけで解決しないと思うんですよ。
それでマギーに聞いたら、ムカデなどの生命力が強い害虫は燃やして殺したと言っていたのを思い出して、火炎瓶あたりを参考にして何か効果があるものが作れないかと。
でも、これはすでに諦めました。
あの蝿が何を目的に標的に寄っていくかがわからないと効果がないですから。
武器に関しては大砲も銃も蝿では役に立ちませんよね。
街中でそんなの使ったら、道や建物に穴が開くだけで被害がさらに拡大しちゃうし」
「確かに。あ、カレンデュラなら石油を使った火炎放射機があるが、……あんなのぶっ放しても相手は空高く飛ぶから上空に飛ばれたら無意味だな」
「そうなんですよ。
なので、この積んである本から別のこと調べますので借りていきます」
と、エリスフレール王国の建国前の宗教や文化史に書いて論文を載せている本などを手に取った。
読んでくださってありがとうございます。