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「……レナ様、レナ様」
気が付くと目の前にハイト様の碧い瞳があった。
「え? ハイト様? いつここに?」
夢中になって読んでいた資料から目を離し、少し疲れた表情のハイト様を見つめた。
「十分ほど前です。すごい量の資料ですね。
さっきジュリアンに聞きましたが、私が居ない間に四人で色々調べていただいたみたいでありがとうございます。
ヴィヴィも王都から戻ってきたので、皆で食事をしませんか?」
そう言われると隣の部屋から漂ってくるおいしそうな香りに急に空腹感を覚える。どうやら資料を読むのに集中してあたりに気を配っていなかったらしい。
同じ部屋で資料を読んでいると思っていた三人の姿はすでになく、机や机に乗りきらなかった本が椅子に積み上げられた状態になっている。
ルームサービスを取ったと案内されたのは隣の部屋のダイニングルームだった。
テーブルの上にはカレンデュラ帝国の名物のニンニクとトマトを使って鶏肉を煮込んだ料理や豆のサラダ、寒い冬のウィンバーでは定番のポトフやタンシチューもあった。
そして夕食の場は今日の報告会となった。
私が先ほど読みふけっていた文化史と経典で分かったことは、蝿を操る悪魔の存在だ。
唯一神の下僕の天使で「高い塔の王」と呼ばれる高い位の天使が悪魔に変わったという説があった。そ天使の時代にその天使が守る動物が大聖堂の上部にあった牛だというのだが、悪魔に変わった伝承があるのに、そのシンボルの牛を大聖堂に刻むだろうか?
それに関して隣の大陸の宗教学者の何人かが大聖堂を見学しに来て論文を発表しており、このラオンは農耕が主要だったから、そのために必要な家畜の牛を大事な存在だとして彫ったという意見が多いが中には、これが悪魔に変わった天使の存在を忘れないように戒めとして掘られたという説もあった。そしてこの悪魔は隣の大陸では蝿の姿の他に牛の姿で描かれる場合もあるという。
隣の大陸の信者が多い宗教になっているが、私たちの大陸では馴染みが薄い。今はウィンバーの人間は主に天馬を信仰するし、エリスフレールは鳳凰、カレンデュラは竜という神の化身であり王室を象徴する聖獣を主に信仰しており、聖獣以外の神の数も多数だ。火の神、水の神、森の神、空の神、数え上げればきりがない。
だが、私達が信じている多神教の教義の話の中に蝿の話は聞いたことがない。
「レナ様はどうして今回その宗教の話に注目されたんですか?
確かに害虫のことを調べるなんて女性には酷だと思いますが、ライス殿はその話の蠅が寄って行った供物は何かとか、ジュリアンは吸血する虫の種類とかセリム殿は過去の害虫の拡大記録や退治方法などを調べていたらしいのに、貴方のその着眼点は何ですか?
それが気になりました」
食事が終わってあらかた報告をし終わった後、三人は再び自分たちが調べものの続きをしに部屋に移動してしまったが、ハイト様は私を呼び止めた。
「ジュリアン達もさっき言っていましたが、虫を兵器として考える可能性もありだと言っていましたよね?
そこでふと、これら伝承を利用して人の恐怖心や猜疑心を利用した何かを考え付く人間がいるのではないかって思ったんですよ。
今日のあの光景を見たら人為的に行われているという可能性は捨てきれないと。
そして、私達にはなじみがない話ですが、この街の住人ならどうだろうかと。
おそらくその伝承にもなじみ深いですよね?
おそらくその話を知らない人の恐怖とはまた違った恐怖を感じると思うんですよ。
例えば、仮にですよ?
その宗教を広めたい狂信的な犯人がこれを信じないと蝿に襲われるとか。
純粋な信者からしてみたら、迷惑な話でしょうけどね」
「なるほど。
万が一、あの蝿が人為的なものだとしたら、大聖堂が残るこの街の人間ならほかの街の人間と違ってこの民話や伝承になじみがあるだろうからそれを狙っての犯行ということですか。
確かに人為的なものなら大聖堂の改修工事推進派ばかりが襲われているとなると改修工事を行うと悪魔に祟られるという印象付けることになりますね」
「どういうことですか?」
「実は今日、あなた方の目の前で襲われたのは大聖堂の改修工事の足場を依頼する会社の社長だったんですよ。昨晩の被害者は大聖堂の改修工事にたいして多額の寄付をしてくださった地元の金融業の経営者でした。
つまりただの偶然かと思っていた被害者の共通点がすべて改修工事の賛成派もしくは協力者なんです。
そうなると蝿を操る人間が裏にいると思っても仕方がない位の偶然ですね。
もしこの蝿が何者かの手で操られているのだとしたら、と私も思ったのですが、ただ、あの蝿に個人を特定して襲う習性があるとは思えない」
「確かに個人を特定して襲わせることができるとは思えませんよね。
でも、今日のあの光景を見たらわかりますよ。ただ一人を狙っていくんですから」
ふと気が付いた。
今までただ蝿が人を襲うということばかりに注目して、やみくもに手あたり次第調べていたが、ハイト様の話を聞いて一つの仮説ができた。
「ハイト様、ではなぜ修復に賛成する人間ばかりが襲われるんでしょう。
もしそうだとしたら、修復させたくない理由があるってことですよね?
もしかして、あの大聖堂には誰か知られたくない何かを隠してあるんじゃないですか?」
「なるほど。確かにそれも一理ありますね」
ハイト様は何か気が付いたようで勢いよく立ち上がり隣の部屋に向かった
「ヴィヴィ、リストを見せてくれっ」
読んでくださってありがとうございます。




