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今回最終話です。
立ち上がってテーブルに叩きつけた新聞の記事面には、ラオンに滞在中の「エリスフレール第二王子」として、今回のラオン滞在に関するハイト様のコメントが載っている。
「これがどうしたの?」
皆がその記事の見出しを見たが、特に異変はないじゃないかと険しいジュリアンの顔と新聞を見比べる中、ハイト様はうっすらと含みを持たせた微笑みを浮かべた。
「私は別にどうもこうもないけど」
目の前のテーブルに新聞を叩きつけられても、ジュリアンの怒りの籠った視線など蛙の面に水状態で笑顔を浮かべている。
「ああ、このレナ様はいい風に写っているね」
「ん? どれどれ?」
ハイト様が指したある記事の写真の中に、誰がいつ撮影したのか、夜大聖堂を訪れる許可をもらいに市庁舎に行った時の姿の写真が何枚か使われていて、その中にアリソン・リーの時の服を着ていた私の髪をほどくハイト様の姿が入っていた。
「え? 何これ?
どういうこと?」
「だろ? レナもびっくりしただろ?
こんなことされたら困るよな?」
その写真は味方によってはとても親密な雰囲気を醸し出している上に、しっかり王子と私の顔が写っている。
相手が見目麗しいハイト様だから……結構こそばゆいというか、恥ずかしいというか。
どうしよう……。
そしてその写真から少し離れた箇所に書いてある記事を見てカレンデュラ帝国の二人は大爆笑。ヴィヴィ様とマギーも可笑しそうに瞳を煌めかせている。
「ちょっと、こっちの隅に書いてある記事って王子のゴシップ欄?
すごいなあ、「ヴィンセンテ王子、ウィンバーのハートリー公爵と婚約間近か?」って」
読み上げているライス様のテーブルを挟んだ反対側で記事を目で追う。
これってまさか、いわゆる、……その生まれて初めての私の恋愛ネタゴシップというやつですか?!
「ハートリー公爵は王子の友人のジュリアン・ラジエル・ブラックバーン伯爵の従妹にあたり、王子の恋の橋渡しをしたと思われる」だってさ。
ジュリアン君が橋渡しをするわけないじゃん。
全然事実は逆なのに!
王子は堀から埋めてくんだなあ。私も今度そうしようっと」
「ライスはそんな手間かける必要もなく次の日に写真載ってるだろ?
しかし、この写真見たらこの記事は真実味あるよなあ。
ジュリアン君がいくら邪魔しても無駄じゃないか?」
受けに受けている二人に横のジュリアンがむきになって反論する。
「なっ、そこの二人、俺はレナにおかしな男がくっついて苦労しないように」
「え? だって、ジュリアン君はカレンデュラで別の意味でも有名だよ。
半年くらい前にカレンデュラにいらっしゃったウィンバーの国王がハートリー公爵の縁談すべて陰でぶち壊すから胃が痛くなりそうだって。 ハートリー公爵家の婿に入りたい男をすべてぶった切ってる従兄だって」
「ジュリアン、最低だな」
「本当に最低ですわね」
「ヴィヴィッ、マギーッ、うるさいぞ!
昔から言ってるが、俺はこいつが変な男に引っかからないように見張ってるだけだ!
しかも国王陛下の野郎、余計なことをべらべらと」
「見張ってるって、あんたに邪魔されまくりでずっと誰にも相手にされてませんでしたけど。
それにちょっと、ジュリアン、陛下になんてことを」
「いないからいいんだよ。
あのおっさん、今回の旅も決まるまでレナだけ行かせればいいとか散々ごねてたのはそれか!
全くなんてことだ。
俺はたとえ親友だろうが、レナに変な虫はつけさせんぞ」
「ジュリアン、誰が変な虫なんですか?」
「お前に決まってるだろ!」
テーブルを挟んで睨みつけるジュリアンにハイト様が余裕の微笑みを浮かべる。
「へえ? そんな風に思われているのなら、王宮に戻ったら正式に結婚の打診をしましょうか?」
「何い?」
「正式な打診なら変な虫もないでしょう?」
むきになったジュリアンを冷静なハイト様が場の雰囲気を壊さないように笑顔を浮かべて朗らかな声で対応するが、彼には通じない。
「お前がレナを幸せにできるとは思えんし、お前、この国の王子だろうっ。
ウィンバーに来れないくせに」
あんたは父親か! と皆が突っ込みたくなるようなセリフを吐くジュリアンにため息しか出ない。
「そうですか? 私は二番目なんで関係ないですよ」
二人の様子を見てもうライス様とセリム様は手で口元を抑えてひーひー笑っているし、ヴィヴィ様は笑いを通り越して白けた顔をしているし、マギーは「ジュリアン様、めんどくさい」と呆れた小声でつぶやいて、マイペースにもショーケースのケーキ達を目指して立ち上がる。
「さすが、王子のほうが一枚上手だな。
ジュリアン君のオヤジ節全開は面白いけど。
レナ殿も大変だなあ」
席を立ち、ぱんぱんと軽く私の肩をたたきに来たライス様に続いてセリム様を席を立った。
「ライス、だからオヤジは可哀想だからやめろって。
俺達より十も下の見目麗しい前途洋々な青年をオヤジって呼ぶのは可哀想だぞ」
「え? ライス様達私より十二も年上なんですか?」
ジュリアンは私より二歳上だから……。
「え? 驚くところはそこ?
っていうか、今まで俺たちの歳知らなかったの?」
「ええ、もう少しお若いかと思っていました」
二人と知り合った後に彼らの身上書等を取り寄せてしっかり読めばよかったのかもしれないが、出会ってすぐ気さくに打ち解けてしまったせいか、特に気にすることもなく今まで来てしまったのだ。
「レナ殿、調べなかったの?」
「まあ、いきなりあんな事件がありましたし、お二人ともとりわけ危険人物ではなさそうでしたので、国に帰ってからでいいかと思いまして」
「……。そうきたか。
面白いねえ。俺達のこと気にならなかったんだ。
こうなったら、私も乗っかっちゃおうかな」
私の回答の何が面白かったのか、瞳を煌めかせて席を立ったマギーの椅子に腰かけ意味深に笑ったライス様の表情が怖い。
「え? 何に乗っかるんですか?」
「おいおい、ライス、やめとけよ。前回辞退しただろう」
「いいじゃないか。前はただの世間話の流れだったんだから」
もう笑いが止まらないライス様は「よせ」と止めるセリム様を振り切って、座っている私の両肩に腕を回して顔を覗き込んで瞳を甘くきらめかせて、少し声のトーンを落として問うてきた。
「レナ殿、私とセリムのどちらかにハートリー公爵家に婿養子にどうだとウィンバー国王から話があったけど、どう?
私は立候補したいな」
「……何ですか?
その本人をすっ飛ばしたところでのその話」
全く予想外の質問に、笑顔を取り繕うことなくジュリアンを相手にするかのごとく答えてしまった。
全く、確かにちょっと前まで切実に恋人がほしいとか思っていたけれど、ジュリアンとは違う意味で国王陛下を始め本人を抜かして陰で一体どんな話をされているんだか。
「なっ、ちょっとそこのおっさん、レナにちょっかいを出すんじゃねえ!」
「ジュリアン、仮にもカレンデュラ帝国の運輸大臣のライス殿に「おっさん」呼ばわりは失礼ですよ」
先ほどまでハイト様と舌戦中華と思いきや今度は矛先をライス様に向けてきたジュリアンは、まさに娘に寄ってたかる男どもを排除する父親のような勢いで私をからかうライス様を、行儀が悪かろうが、失礼だろうが指さした。
「うるさいぞ、ヴィヴィ。
そんなことは俺には関係ないんだよ。レナもなんで腕を回させてるんだよ。
その腕どかせよ」
「いやだよ。君だって意中の女性を口説くときにはこれくらいするでしょう」
確かに冗談にしては、ライス様のめちゃくちゃ顔の距離が近いし、口調がどことなく口説きモード入ってるし、なんかめんどくさいなあ。
「本気なら国王陛下と私宛に正式に書状をしたためてくださいませ。
残念ながら私はあの従兄のおかげで恋のしゃれた駆け引きはできませんので悪しからず」
「そんな駆け引きなんて思ってない……って、痛いっ!」
「この腕は何ですか?」
ライス様の腕をいとも簡単に払いのけたハイト様は、頭上でライス様に何かしたのか、ライス様の体が離れ、そのすきにハイト様が私の椅子を引いて立ち上がらせた。
「レナ様、あちらに行きましょう」
「ハイト、ちょっと待て」
「うるさいよ、ジュリアン。私の邪魔はしないでくれるかな。
しつこいと、本気で怒るぞ」
「げっ……」
ジュリアンを一睨みで黙らせたハイト様はそのまま私の手を引いて、少し離れたカウンターのショーケースでケーキ選びに真剣に悩んでいるマギーの近くに連れて行ってくれた。
「すみません、雰囲気を悪くしてしまって。
私達も甘いものでも選びながら気分を変えましょう」
ハイト様は、彼女の姿を見て微笑んだ後、私に向き直って囁いた。
「レナ様、先ほどは私たちの会話で貴方を不快な思いをさせて申し訳ありません。
貴方の遺志を無視してあなたの結婚の話をネタにして、さぞ不快に思ったでしょう。
あんな会話をした後でおこがましいですが……、あなたは今のマーガレット嬢のように好きな結婚相手をじっくり選んでお選びください。
出来たら、その相手が私であると大変うれしいんですけどね」
「ハイト様……」
先ほどの自分たちのやり取りで私が若干機嫌を悪くしたことを察してくださったのだろう。
てっきりゴシップ記事の件やジュリアンとのやり取りで私の気持ちなど誰も考えていないと思ったのに。
予想外の気遣いに心が甘くときめいてしまう。
横でショーケースに穴が開くほどケーキを眺めていたはずのマギーにもその声が聞こえていたようで「王子、素敵」とケーキよりもハイト様に目を輝かせるほどだ。
「あなたが不快だと感じたなら、今日の記事の訂正を明日の新聞に載せるようにします」
「ハイト様……」
てっきりさっきの会話の流れから、ハイト様は私との記事を了解して新聞記事に載せているのかと思っていたのに、違うのかしら。
「ハイト様は訂正したいのですか?」
「まさかっ。
私としてはできたらもっと大きな記事にしてほしかったくらいですよ」
「それは……ちょっと」
本気なのか冗談なのか。
ハイト様の気持ちは本気だって思っていいのかしら。
どうやって判断していいのか、一緒に過ごしたと言っても、事件がらみでじっくり話していないし、まだハイト様という人がどんな方かよくわからない。
でも、一歩進んでもいいかも。
「レナ様?」
黙り込んだ私の顔を覗き込んでくるハイト様の熱のこもった碧い瞳に見つめられ、頬が熱くなってしまう。
こんな視線は以前どこかで……そこでふと思い出した。
以前の約束を果たしていないことを。
「あの、前回私はウィンバーの街をご案内できませんでした。
ハイト様がよければ、私がウィンバーに帰る前にエリスフレールの王都をご案内していただけますか?」
そう、二人で時間を過ごせばわかるかも。
「それはもちろん、喜んで」
満面の笑みを浮かべ、私の手を再び取ったハイト様はその手を自分の口元に運ぼうとした矢先、「おい、それ以上は俺は許さん」と、ジュリアンが懲りもせず割って入りこんできた。
「ホント、面白すぎるんだけど」
と、少し離れたテーブル席で今度は声も殺さずカレンデュラの二人に加えヴィヴィ様までもが大笑いし、マギーは呆れた顔をして「まったく、いい加減隠さず言えばいいのに」とどこか哀れむような表情だ。
「二人で歩くなら俺も行く」
「ジュリアン、お邪魔虫は嫌われるよ。
それに、王都には君が遊学中に仲良く過ごした女性がいただろう?
彼女がもし君が王都にいると知ったらどう反応するかな?」
「ハ、ハイト……、お前、やり方が汚いぞ!」
「なんとでも。勝つために努力は惜しまないからね。
さて、レナ様、王都ではどこに行きたいか教えてくださいね」
「はい、よろしくお願いします」
ジュリアンを黙らせ、得意げに笑ったハイト様の表情がどことなく子供っぽくて思わず笑ってしまった。
きっと二人きりになる時間は少ないだろうが、今度の王都見学はきっと楽しいものになるに違いない。
ふと食堂車の窓から外の山の端には、綺麗な虹がかかっていた。
――了――
今日まで読んでくださって、本当にありがとうございました。




