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第87話 神聖十字軍⑦

 11月13日。深夜。


 魔王国北方、トラキウム城内の倉庫。


「……。どうやら、寝静まったようですね」


 ヒューゴ=マインツが酒樽の蓋をずらして、薄暗い室内を眺めながら、静かに呟いた。




 本日昼の戦闘で、神聖十字軍先遣隊3千は、魔王軍5千に完膚なきまでに叩き潰されて潰走した。


 魔王軍は、敵の野営地に放置されていたままになっていた「謎の木馬」を見て不思議がったが、中には大量の酒樽が詰め込まれており、大喜びで城内に運び込んだ。


 彼らは早速木馬を取り壊し、中に詰められていた酒樽を割って、文字通り「勝利の美酒」を大いに楽しんだ。




 だが、これはすべて、魔王アレクが仕込んだ作戦通りであった。


 数百を数える木馬には、数千の酒樽が詰め込まれていたが、そのうちわずか「50個」には、酒ではなく神聖十字軍の兵士たちが紛れ込んでいたのだ。


「皆さん、出てきてください」


 ヒューゴの合図であちこちの酒樽の蓋が開く。


 顔を出したのは、シドニア=ホワイトナイトやナユタをはじめ、各国の精鋭中の精鋭、50人だ。


「さて、始めるとするか……」


 精鋭の中でも、最も戦闘力が高く、最も指揮官としての適性があるシドニアが精鋭部隊を指揮し、「本当の作戦」が開始される。




「に、ニコライ将軍! 敵襲! 敵襲です!?」


「!?」


 酔っぱらって爆睡していたニコライ将軍は、一瞬、報告の意味が分からなかった。


「な、何!?」


「敵襲です! 神聖十字軍と思われる敵軍です! 暗闇のため正確な数は判りませんが、恐らく数万単位の大軍です!」


 数を聞いて驚く将軍。


 やはり昼間の敵は別動隊で、他にも兵を伏せていたということか!


「落ち着け。いくら数万の軍とは言え、『不意打ち』でぶん取られるほど、『トラキウム』は軟弱ではない」


 そう言うことだ。


 何もすべての兵士が酔っぱらっているわけではない。


 当直の兵も当然いるわけで、今日は万万が一に備え、城壁の上に大量の兵を配置しておいた。


 もしかしたら昼の一戦は「数が少ない」とこちらに油断させるための「おとり」で、本命は別にあるかもしれない。


 そう考えたニコライ将軍は、夜襲に備え、城壁の警備を厚くしていたのだ。冷静な判断であるといえる。


 だが、今回に限って言えば、これが完全に裏目に出ることとなる。


「き、急報! 北門が突破されました! 敵が城内になだれ込んできます!!」


「何だと!?」


 報告を聞いて呆然とするニコライ将軍。


 そう、アレクの真の狙いは、紛れ込ませた兵たちに、「城内から門を開けさせる」ことであったのだ。


 夜襲を警戒して城壁の警備を厚くしていたことが、逆に城内を手薄にしてしまったのである。


 シドニアたち精鋭部隊は、酔っぱらって爆睡する魔王軍を横目に、城内を北へと抜けて、内側から扉の鍵を外して合図の信号弾を発射。


 闇夜に乗じて城のすぐそばまで迫っていたアレク率いる神聖十字軍先遣隊本軍は、合図を確認すると北門へ総攻撃を開始したのだ。


 そこから先は電光石火の早業であった。


 城内に突入した先遣隊は、瞬く間に周囲を制圧。


 他の3方の扉も内側から開けられ、酔っぱらって寝ていた兵たち、城壁の上で警備していた兵たちは皆、何が起きたのか理解する暇もなく捕虜となってしまったのである。


 こうして、魔王国北方の要衝城塞都市トラキウムはわずか1夜にして、しかも、神聖十字軍の犠牲はほぼゼロと言う状況で、かくも簡単に陥落したのである。





 この激震は、瞬く間に両軍の「首脳部」に伝達される。


「ま、誠か!? 信じられん……」


 ここはイカルガ城塞の「手前」に布陣する神聖十字軍の「本陣」。


 伝書鳩から、「向こう側」の状況報告を受けた十字軍の幕僚たちは衝撃を受ける。


「……」


 報告を聞いて真っ赤になり、無言のまま震えているジュリアン=サラザール。


 とても「自軍勝利」の報を受け取る総大将の態度には見られない。


 それは当然だろう。


 本来であれば、自ら率先して敵陣に切り込み、他の軍を鼓舞する立場にある「宗主国」メアリ教国の総大将が、保身とアレクへの個人的な逆恨みから、「先遣隊」を派遣させたのである。


「全滅」もしくは大失敗して退却してきたところを責任を問うてやろうと思っていたのに、結果は真逆のものとなってしまったのだ。


 無茶な命令を見事に成し遂げたアレクは「英雄」として更に名声を高め、逆にジュリアン=サラザールは「臆病者」として大恥をかくことになろう。


 そうなってしまえば、シルヴィの心はますます……。


「ああああああああ!!!」


 サラザール卿は突然ヒステリーを引き起こし、報告書をズタズタに引き裂くのであった。






 そして……。


「な、何と言うことだ。まさか、トラキウムが陥落するとは……」


 イカルガ城塞にて報告を受けた四天王ダンタリオンは絶句する。


 流石の彼も、この事態(・・・・)は想定していなかった。


「して、魔王様の命令は!」


 こうなってしまった以上仕方がない。


 イカルガ城塞の警備は手薄になるが、魔王国中央部に布陣するジオルガかダンタリオン。場合によっては両名(・・)が軍を率いて北上し、可及的速やかにトラキウムを再奪還するしかない。


 幸い、トラキウムを占領している敵軍は5万から、多く見積もっても10万程度であるとのこと。


 いまのところ、大した数ではない。


 だが、イカルガ城塞の「向こう側」に布陣している神聖十字軍の本軍がこれと合流すれば、40万を超える超大軍が、魔王国の内部に居座ることになる。


 それだけは何としても避けなければいけない。そのためにも、全力をもって敵軍先遣隊を撃破する必要がある。


「そ、それが魔王様からの命令なのですが……」


「な、何だと……」


 魔王ロドムスの命令を受け取ったダンタリオンは、その「驚愕の内容」に再び言葉を失うのであった。


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