第86話 神聖十字軍⑥
第4歴1299年11月3日。
神聖十字軍先遣隊は、北方のノア山脈を抜け、魔王国内部に侵入していた。
山の上から遥か眼下に見下ろす形ではあるが、我々はついに、今回の十字軍の戦略目標である魔王国北方の城塞都市「トラキウム」を視界に納める位置にまで迫っている。
「魔王国の連中はまだこちらに気付いていない! このまま夜襲をかけて一気に敵城塞をぶんどっちまおう!」
タイネーブ騎士団領のセオドール将軍が興奮気味の様子で息巻く。
雪山の行軍と言う、非常に危険な選択を行った先遣隊であったが、事前の準備が万全であったことと、土地勘のある人間のガイドが功を奏して、今のところほとんど犠牲ゼロで、魔王国への潜入が成功しているのだ。
これは先遣隊にとって、非常に「いい流れ」である。
このまま「いい流れ」に乗って突撃したいというのは、いかにも「人間戦車」らしい発言である。
だが、
「もともと40万の大軍で攻め落とす予定だった城塞都市じゃ。いくら不意打ちでも、8万そこそこの軍では無理じゃ」
立場的には彼の部下に当たる副官のマホイヤ卿が、否定的な見解を述べる。
だが、彼の見立ては正しい。
トラキウムは極めて強固な城塞都市だ。
攻城戦の必勝法は、敵の十倍の兵力をもって、2年でも3年でも根気よく包囲し続けること、である。
「数」も「時間的余裕」も、いまの先遣隊は持ち合わせていない。
不意打ちを仕掛けたとしても、城門を蹴破って都市部を制圧できなければ、その奇襲は「不発」に終わってしまう。
もたつけば、魔王国の別の城から敵の援軍が駆けつけるだろう。
十字軍先遣隊は、敵の増援部隊とトラキウム守備隊に挟まれて「全滅」となる。
「なので、『奇策』を用います」
俺はこのような場合における城攻めの「答え」を提示する。
「シドニア卿、準備をお願いします」
「分かった」
俺の合図に頷いたシドニア=ホワイトナイトは、彼の部下である「工兵」達に何ごとか支持をするのであった。
「準備」には約一週間ほどの時間を要した。
その間、先遣隊は寒い雪山で「待機」することとなる。
トラキウムの見張りに発見されないよう、ふもとからは見えない位置に陣を張った。
さらに(もともと北側は手薄であったため、それほど数は多くはないが)時折飛来する飛竜やグリフォンなどの、上空偵察部隊への対策として、野営地を白い天幕で覆い、兵士たちも外出の際は頭から白い毛布をかぶるよう徹底した。
これは雪山の白い色に紛れさせて、上空からの偵察により発見されることを防ぐための対策である。
無論、煙が立ち上るため焚火は厳禁。代わりに魔道国家シーレーン皇国の魔法兵たちに熱の魔力を込めた魔道石を錬成させ、それを湯たんぽ代わりにして暖を取らせた。
そうして、先遣隊が厳しい寒さの中、敵に見つからないように待機している間に、シドニア=ホワイトナイト率いるユードラント軍工兵部隊が「あるもの」を完成させた。
「こ、これは!?」
完成物を目の当たりにした列国の将たちは驚いて目を見張る。
目の前に現れたのは、木で作られた巨大な「木馬」であった。
「な、何じゃこりゃ!?」
ドグラ将軍が素っ頓狂な声を上げる。
「ノア山脈のふもとに広がる森林地帯で木材を伐採して作成した巨大な馬の模型です」
シドニア卿が冷静に回答する。
「い、いや、これが何でできているのかが知りたいのではなく、これをどうするつもりなのかが知りたいんだが……」
「これはですね」
俺が説明を引き継ぐ。
「中が空洞になっておりまして、色々なものを入れることが出来るようになっているのです」
「ま、まさかアレク殿……」
「えぇ、これを使って、トラキウムを制圧します」
第4歴1299年11月11日。
トラキウム城塞司令長官、狼男のニコライ将軍は驚愕の報告を受ける。
「きゅ、急報! 敵襲! 敵襲です!!」
「何だと!?」
バカな。敵がどこから現れるというのだ!? 神聖十字軍の「白ナメクジ」どもはイカルガ城塞の向こう側で縮こまっていると聞いたぞ!
「それで、数は!?」
「に、二千から三千と……」
報告を受けて一旦は落ち着くニコライ将軍。
なんだ、わずかその程度の数か。その数では到底トラキウムを落とすことなぞできまい。
「いかがいたしますか」
「城内から五千ほど兵を出して蹴散らしてこい!」
彼は部下に指示を出す。その程度の数の敵、放っておいても問題はないのだが、人間どもに魔王国の領土を土足で踏み荒らされるのは気分が悪い。
また、トラキウム攻略をあきらめた敵軍が、周辺の町や村で略奪を行う可能性もある。
そんなことを許せば、魔王様から北方守備を任された、自身の名に傷がついてしまう。
一体どこから魔王国に侵入したのか知らないが、可及的速やかに敵軍を排除すべきであろう。
「御意のままに!」
ニコライ将軍の命令が下り、トラキウム城から魔王軍が出撃する。
狼男やオーク歩兵など、血の気の多い武闘派の魔族で構成される混成部隊約5千だ。
「いやがった!」
魔族軍の隊長が敵軍を視認する。
ノア山脈のふもとに、人間どもの軍が約3千。
こんなところまで人間どもに侵入されたという屈辱と、久しぶりに人間どもを虐殺し、その血肉を思う存分味わえるという高揚感が、彼を支配する。
「全軍突撃!!」
魔王軍は雄たけびをあげながら、目の前の人間軍に突撃していった。
「報告します。我が軍圧勝! 圧勝です!」
報告を聞いたニコライ将軍は、「当然だ」と満足げに頷く。我ら屈強な魔王軍が、人間ごときに敗れるはずがない。
「敵は散り散りになり、ノア山脈方面に逃走しました。追走しますか?」
「いや、全軍直ちに呼び戻せ」
ニコライ将軍は勝利に酔うことなく、冷静に指示を出す。
もしかしたら3千の軍は「おとり」で、わざと敗走したのかもしれない。
どこかに別動隊がおり、勝利の余勢を駆って深追いした魔王軍を待ち伏せしている可能性も考えられる。
彼は獰猛で屈強な狼男であるが、同時に冷静で思慮深い一面も併せ持つ「名将」であったのだ。
「それと、潰走した敵軍本陣より、奇妙なものを押収しまして……」
「何だ?」
訝しげな表情をするニコライ将軍。
「ほう、これまた奇妙な……」
城内に運び込まれてきた「ソレ」をみてニコライ将軍が呟く。
巨大な馬の模型? のようなものだ。一体何に使うものなのか想像もできない。
「まだ、敵本陣には数百近く同じものがありやすぜ」
口の悪いオーク兵が将軍に報告する。
「中に何か入っているのか?」
「それが、一つ割って確かめてみたところ、中に大量の『酒樽』が詰められてやした」
「ほぅ!」
酒か! そりゃあいい。
報告を聞いてニコライ将軍はそう思うのであった。
魔王国北部のこの辺りは、冬は極寒と豪雪で外出もままならない。
基本的に一日中室内に引きこもるしかなく、つまり「娯楽」がないのだ。
唯一の楽しみと言えば、家で酒を飲むことぐらいだ。
そんな訳で、トラキウムのような極北の都市にとって、「酒」というのは極めて貴重な資源なのだ。
どうやら敵軍は、寒さ対策に持ってきた大量の酒を持ち帰る暇もなく、慌てて逃走したらしい。
こいつは思わぬ戦利品だ!
「よ~し。テメェら、酒が詰まったその『木馬』とやらを全部城内の倉庫にしまい込んじまえ。ネコババすんなよ」
「ヘイ!」
こうして、シドニアお手製の謎の「木馬」数百は、トラキウムの巨大な城門を難なく通過し、倉庫に納められたのであった。
こんばんは。モカ亭です。
いつもお読みいただき、誠にありがとうございます。
この場をお借りして、深く深く御礼申し上げます。
さて、このところ「本業」の方がミラクル繁忙期に突入
しておりまして、更新頻度が若干低下しております。
お読みいただいている皆様をお待たせしてしまい、誠
に申し訳ありません。
木曜日と日曜日は比較的時間が取れるため、この2曜日
に投稿させていただく、「週2話ペース」で、進めさせて
頂ければ幸いです。
勝手を申しまして大変恐縮です。また、状況が変わりま
して、ペースを上げられそうであれば、告知いたします。
今後とも、「追放魔王」をどうぞよろしくお願い申し上
げます。




