表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
80/119

第78話 魔王様、従者と特訓する①

「はぁぁぁああああああああ!!!」

 巨大な炎を(まと)ったルナの槍が、俺目掛けて全力で突き出される。


「クッ!」

 俺はギリギリのところでそれを躱す。


 つい今の今まで俺がいた空間が焼き切れ、黒い煙を上げている。


「やぁ!」

 ルナは間髪入れずに次の攻撃を繰り出す。


 相手に息をつく暇を与えない、流れるような連撃だ。


 このまま防戦に回ってしまえば、彼女の炎にのみ込まれてしまうのは間違いない。


「……。イチかバチかだ!」


 俺は覚悟を決め、逃げるのではなく、ルナの巨大な炎に突進していった……。





 今日は8月31日。

 場所はエルトリア王国国内、デメトール山岳地帯の人気のない高原地帯。


 あの後、アルドニア王国での会談は、結局「物別れ」に終わってしまった。


 サラザール卿はシルヴィに振られたのがよっぽどのショックだったようで、完全に「再起不能」状態になってしまい、会期中一度も顔を見せることはなかった。


 そのため、今度の「神聖十字軍」に関する具体的な戦略は何も決まらないまま、会合が「お開き」になってしまうという「前代未聞」の事態となってしまったのだ。


 各国の代表団はそれぞれ一旦自分たちの国に帰国した。


 通常であれば作戦を一度白紙撤回し、別の人物を総大将に据えて「神聖十字軍」を再編すべきである。


 が、どうやらメアリ教国は今回の神聖十字軍をこのまま強行するつもりらしい。


 これは「魔王を倒したい」ということよりも、自国内の「権力闘争」や「国民感情」に配慮しての判断らしい。


 つまり彼らは、国内の政治プロパガンダ用に「神聖十字軍」を利用したいだけなのだ。


 そんなもの(・・・・・)にまともな戦略もなく付き合わされる我々中央六国の身にもなってほしいものだ。


 自分の身は自分で守るしかない。


 ケルン公国のゼファール大公が言う通りだ。


 エルトリア王国に帰国してすぐ、俺はルナと「特訓」することにした。


 今度の戦争、場合によっては俺やルナが前線で戦わなければ、兵たちの命を守れない場面が存在するかもしれない。


 魔王国をクーデターで追われて以来、「本気」で戦う機会はほとんどなかった。


 おかげで多少なりとも腕がなまってしまったのだ。昔の感覚を思い出すために、国内で唯一俺と「本気」で戦うことが出来るルナに依頼して、今、手合わせを行っている最中なのだ。


「流石ですね。アレク様」

 ルナが肩で息をしながら少し笑う。


「でも、まだまだこれからですよ!」


 彼女はそう言って、槍に紅蓮の炎を纏わせ、流れるような所作で連撃を繰り出して来る。


 技と技の「継ぎ目」が存在しない、まるで流れるような、まるで舞を舞うような、美しい槍術だ。


 彼女が「焔の舞姫(ほむらのまいひめ)」と呼ばれる所以(ゆえん)である。


 この舞のような動作の中で、彼女が巻き起こす炎の火力と勢いはどんどん上昇していく。(彼女の舞には、自身の魔力と速力を少しずつ上昇させる強化魔法の効果もあるのだ)


 息つく暇もない連撃でこちらを防戦一方に押し込み、その間に自身は魔力・速力バフで火力と素早さを一気に上昇させ、やがて、防ぎきれなくなった相手を圧倒的な火力で葬り去る。


 これがルナリエ=クランクハイドの得意戦術だ。


 彼女に勝つには、そうなる前(・・・・・)にこちらから懐に飛び込むしかない。


 俺は自身が得意とする風の魔力を身にまとい、短期決戦を仕掛けるべく彼女に最大速力で斬りかかる。


「もらった!」


「させません!」


 彼女は瞬時に槍を持ち直し、防御の構えを取る。


 だが……。


「ルナ、かかったね!」


「なっ!」


 今の突進は「振り」だ。


 ルナの反応速度なら、絶対に防御が間に合うと思ったから、「わざと」突撃して注意をすらしたのだ。


 俺は突進する前から密かに詠唱を始めていた、「風の上級魔法」をルナの目の前で炸裂させる。


「きゃあああああああ!!」

 悲鳴を上げて飛ばされるルナ。


 勝負ありだ。


「あいたたたた……。流石ですね、アレク様。参りました」


 尻もちをついたおしりをさすりながら戻ってくるルナ。もちろん、怪我はない。


 全力での勝負であっても、お互いがお互いの力を十二分に理解尽くしているため、怪我をするようなことはあり得ないのだ。


 だが……。


「う~ん、ルナ。やっぱり俺相手だと、無意識でほんのわずかに、ほんのわずかにだけど『加減』してるよね」


「も、申し訳ありません。自分では気づかないのですが、そうなのでしょうか?」

 謝罪するルナ。


 自分でも気づいていないレベルなのだろう。


 彼女は俺に「絶対の忠誠」を誓ってくれている。それはもう「絶対の忠誠」だ。


 俺も彼女に「全幅の信頼」を置いているし、彼女の忠義には死んでも報いる覚悟がある。


 俺たちはそういう関係だ。互いが互いを心から信頼している。この二人の絆は、何があっても決して断ち切れることはない。


 だが、そうであるがゆえに、絶対の忠誠を誓っているルナが、その忠義ゆえに、無意識レベルで俺に向ける槍の速度にブレーキをかけているのだ。


「達人」同士の「本気」の手合わせにおいて、このわずかな差は、圧倒的な差となる。


「ご、ごめんなさい! アレク様が『本気』の手合わせをご所望だというのに、私ったら手を抜くような真似を!」


「あ、いやいや! そんなつもりでいったんじゃないよ! むしろ、君の忠義の表れだ。俺はそれを誇りに思うよ」


 俺はそう言って気にしていないことを伝えるが、ルナはまだへこんでいるようだ。


「ちょっと休憩しようか」


 俺はルナの手を引いて、木陰に移動する。


「それにしても、二人で『手合わせ』するのなんて、随分と久しぶりだね」

 俺は水筒の水を飲みながら、ルナに語り掛ける。


 ずっと昔、俺たちがまだ子どもの頃は、よく手合わせをしたものだ。


 正確には、当時ルナリエお嬢様に、召使いであった俺が手合わせに付き合わされていた(・・・・・・・・・)という表現が正しいのだが……。


 ルナリエお嬢様は、当時の魔王であったアドレー=クランクハイドの最愛の一人娘だ。


 俺は魔族であるとは言っても当時は魔王城の庭師の息子、うちの家系も代々魔王城の召使いの一族だった。


 それがひょんなことから、魔王の娘であるルナリエお嬢様に見染められてしまい、以後彼女の専属召使いとして使えることとなったのだ。


 それがいったいどういった訳で、俺が魔王になり、ルナが従者として俺に絶対の忠誠を誓うように立場が逆転したのかって? まぁ、色々あったんだよ。


 話がそれたけど、俺は召使いとしてルナリエお嬢様に使えることになり、彼女の槍の訓練にもしょっちゅう付き合わされた。


 昔は彼女の方が圧倒的に強くて、俺はいつもボコボコにやられていたけど、おかげで相当に強くなることが出来たという訳だ。


 ちなみに、今のルナは当時のことを自らの「黒歴史」と思っているようで、あまり語りたがらない。


 当時の話になると、「あ、あれは本当の私ではありません! 忘れてください!」と顔を真っ赤にして恥ずかしがるのがいつものことだ。


 ほら、今も顔を真っ赤に……。


「ねぇ~〇〇」


 ルナは突如、魔王でもアレクでもない、俺の本当の名(・・・・)を呼ぶ。


「えっ?」

 あまりに予想外のタイミングで予想外の名前を呼ばれたので、俺は返事が遅れた。


「もぉ~、〇〇ったら、聞いてなかったの? 仕方がないわねぇ」


 あ、あれ? 様子がおかしいぞ。


 これは完全に、当時の「ルナリエお嬢様」そのものだ。


 彼女はふらふらと立ち上がる。


 手に持っていた水筒が、ぽとりとこぼれ、透明な液体が流れ出る。


 こ、これは!?


 匂いで気付く。


 お酒じゃないか!!??


 い、いったいどこで取り違えたのだろう?


 つまりルナは、猛暑の中、トレーニング直後に「お酒」を一気に飲んでしまったらしい。


 と、いうことはまさか!?


「ふふっ、おいで、(わたくし)の愛しい〇〇。久しぶりに本気で『手合わせ』してみましょう♪」


 なんと俺は、ルナではなく、「ルナリエお嬢様」と本気の手合わせをする羽目になってしまったらしい……。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ