第77話 魔王様、アルドニア王国を訪問する⑩「ヒステリックな総司令官」
「えっ? 今、なんていったんだい?」
聞き間違いだよね、といった様子でせせら笑いを浮かべるサラザール卿。
「ですから、サラザール卿のお誘いは、『お断りします』と申し上げているのです」
一歩も引かないシルヴィ。
今は、二人で夜を過ごした日の翌朝。俺とシルヴィは、朝一番でサラザール卿の部屋に訪問し、彼女が「光の巫女」になるつもりがないことをはっきりと伝えたのだ。
「は?」
理解ができない、といった様子のサラザール卿。徐々に怒気を含んで顔色が赤くなってくる。
「サラザール卿。あなたのご期待に沿えず申し訳ございません。まずはその点、謝罪させてください」
俺はシルヴィを助けるために二人の間に割って入る。あくまで、サラザール卿を刺激しないよう、努めて紳士的な態度を心掛けながらだ。
「しかし、シルヴィア姫は、亡き父エルドールⅢ世の遺志を継ぎ、エルトリア王国を『笑顔のあふれる素敵な国』にしたいと心から願っております。『光の巫女』となり、戦場に赴く身となっては、その夢を実現することはできません。彼女の夢のためにも、どうか身を引いていただけないでしょうか?」
「あんなド田舎の弱小国家のことなんか、今はどうだっていい!!」
大声を張り上げるサラザール卿。
今、言ってはいけない言葉を言ってしまったことに、彼は気付いていない。
「なぁ、シルヴィ。どうしてしまったんだい? この男に、何か吹き込まれたのかい?」
サラザール卿は俺を指さしながら、シルヴィに問いかける。
「僕のパートナーになれるっていうのが、どれほどの名誉なのか君はちゃんと理解していないんだ」
「十分に理解しているつもりです。その上で『お断り』しているのです」
シルヴィがバッサリと切り捨てる。
「なぁ、何かこいつが余計なことを言ったんだろう? こんな奴のいうことなんか聞いちゃダメだ。君をだまそうとしている。どうせ君のカラダ目当てで近づいてきた卑しい奴に決まっている」
彼は俺を指さしたまま、矢継ぎ早に俺を侮辱する発言を連発する。
「……。アレク様はそんな方ではありません」
怒りに震えるシルヴィが静かな声で反論するが、興奮し始めたサラザール卿は彼女の言葉が聞こえていない。
「こんなクズに騙されるな! 君には、僕のような人物こそふさわしい。僕は歴史上最高の才能を誇る『光の勇者』だ! 生まれてから全ての戦場で一度も負けたことがない! 史上最年少の『五聖将』だぞ!! こんなゴミ野郎とは、生まれた瞬間から住む世界が違うんだ!!!」
バチン!!
一瞬、何の音か分からなかった。
が、すぐにそれが、シルヴィがサラザール卿を思いっきりビンタした音だと気づいた。
「アレク様はそんな方ではありません! 今の無礼な発言の数々、今すぐ取り消してください!!」
こんなに怒ったシルヴィを見るのは初めてだ。
「?」
一方のサラザール卿。起きた事態を飲み込めていないようだ。ぶたれた頬を手で押さえながら、その場にへたり込んでいる。
「今、僕をぶったのか?」
様子がおかしい。
「この僕をぶったのか? ハハッ。そんな馬鹿なことをする奴、この世にいるはずがない」
「僕は世界一優秀なんだ! 誰も僕にかなわない! それなのに、それなのに僕のいうことを聞かないなんて!! 僕をぶつなんて!!! 僕をぶつなんて!!! ああああああああ!!!!!」
彼は狂乱状態で、突如暴れ始めた。部屋に飾ってある調度品や生活雑貨の数々を、床にぶちまけ、机を蹴飛ばし、カーテンを引き剥がし、大暴れだ。
最早、とてもではないが話ができる状態ではない。
「何事ですか!?」
騒ぎを聞きつけ、衛兵がこちらに駆けつけてくる音が聞こえる。
「まずい、シルヴィ。一旦逃げよう」
俺は彼女の手を引いて、この場を退散する。
「ごめんなさい。アレク様、私ついカッとなってしまって……」
自室まで逃げ切ったところで、息を切らしながら謝罪するシルヴィ。
「いや、謝らないで。俺のために怒ってくれたんだよね。ありがとう、シルヴィ」
俺はそう言って彼女の頭をなでる。
こうなってしまった以上、仕方がないことだ。
その後、昼頃から予定されていたメアリ教国・アルドニア王国を交えての「戦略会議」の場にサラザール卿は現れなかった。
代理でメアリ教国の「副官」が会議に加わったが、「全軍総大将」不在でこれ以上議論が進むはずもない。
昨日、アルドニアを除く中央六国5か国で話し合った、「北方山脈ルート」からの侵攻作戦をメアリ教国側に提案し、メアリ教国の副官からは、「前向きに検討する」との回答ともいえない回答を受け取り、会議はお開きとなった。
夜に予定されていた歓迎の大晩餐会もキャンセル。明日以降の予定もすべて「未定」となってしまった。
「こんなところまで呼びつけておいて一方的に予定をキャンセルなんて、メアリ教国の連中は一体何を考えているんでしょうか?」
事情を知らないルナが、不満そうな顔をして俺に意見を述べる。
「流石にこんなことは初めてだね。一体何があったんだろう?」
ケルン公国の国家元首、ゼファール大公も心底不思議そうな顔をしている。
ちなみに、予定が無くなってしまったので、ロイヤル・デサント宮殿の中庭で、以前から交流のあったケルン公国のゼファール大公やドグラ将軍たちと、「お茶会」をして時間を潰しているところだ。
「……」
バツが悪そうに黙って座っているシルヴィ。だが、ソレに気付いているのは俺だけだ。
「しかし参ったな。てっきり『オルグレン大将軍』あたりが総大将を務めるもんだと思っていたが、まさか『サラザール卿』が大将とはな。うちの息子と同じぐらいの年だろ」
ドグラ将軍が頭をかく。オルグレン大将軍とは、神聖メアリ教国の「五聖将」の一人だ。思慮深く経験も豊富であり、魔王である俺でさえ敬意を払うような名将中の名将だ。
感情的な部分を抜きにして客観的に見たとしても、はっきり言って、サラザール卿が全軍総大将と言うのはかなり不安だ。
自信過剰でプライドが高く激昂しやすい。
神聖メアリ教国の軍を率いたことはあるが、神聖十字軍と言う「連合軍」の総大将を率いるのは今回が初めて。
「今まで一度も負けたことがない」ということだが、それもマイナス要素になりかねない。(負けたことがない→俺は何をやっても絶対に勝つことが出来る。という根拠のない自信に「増長」してとんでもない大失敗をやらかすことがあるからだ。「負けたことがない」というのは、必ずしも「良いこと」ではないのだ)
そんな状況で、先ほどの戦陣会議には総大将である彼が参加しておらず、「戦略のすり合わせ」がほとんど出来ていない。
ハッキリ言って、こんな状態で侵攻作戦を開始するというのは、「かなり危険」な状況であると言わざるを得ない。
「結局メアリ教国はあてにならない。いざという時は、やっぱり自分たちで何とかするしかないのさ」
ゼファール大公がため息をつきながらそう告げる。
「……」
俺は不気味な位に綺麗に晴れ渡る空と、まるで天国であるかのような美しい庭園を眺めながら、神聖十字軍による無謀な侵攻作戦が、「破滅」へ向かって突き進み始めたような、嫌な予感を覚えるのであった。




