第75話 魔王様、アルドニア王国を訪問する⑧「『光の勇者』と『光の巫女』」
ドンドンドン!
客室のドアが乱暴にノックされる。
「時間だ。シルヴィ。僕の部屋に来るんだ!」
サラザール卿の声が聞こえる。
ガチャ。
俺はドアを少しだけ開けて、顔だけ出して彼に対峙する。
「おや、サラザール卿。シルヴィア姫でしたら、先ほど帰られましたよ」
「何?」
眉がピクリと反応するサラザール卿。
「ずいぶん前に部屋を出ましたが、まだそちらにはお見えになっていないのですか?」
俺は不思議そうな声を上げる。
「あぁ、いや……」
「今日はもう遅いので、自室に戻ってお休みになられたのかもしれませんね」
「貴様まさか、シルヴィを部屋にかくまったりしてないだろうな?」
サラザール卿はドアの隙間から室内を睨みつけるように見渡す。
「まさか。私にはそんなことをする理由がないですよ。それとも、そんなことをされる理由がサラザール卿とシルヴィア姫の間にあるのですか?」
俺は心底驚いた表情で彼に問いかける。
「フン」
サラザール卿は俺の問いかけには答えず、乱暴にドアを閉めてその場を離れていった。
「……。行っちゃったよ。もう大丈夫だ」
俺は念のためドアにカギを掛けてから、室内に向かって声をかける。
寝室のベッドの中に隠れていたシルヴィが、シーツの下からひょっこりと顔を出す。
「アレク様、私いま、人生最高のしあわせをかみしめています」
「そ、そうかい?」
なぜかとってもご機嫌なシルヴィ。ベッドから飛び出してきて、俺の隣にちょこんと座る。
「じゃあ、話の続きをしようか」
神聖十字軍の戦闘会議のために中央六国のアルドニア王国を訪れていた俺とシルヴィ。
そこに突如現れた、神聖メアリ教国の「五聖将」にして「光の勇者」であるジュリアン=サラザール。
彼はシルヴィに、「光の巫女」として自分のパートナーになるようしつこく迫っていたのだ。
「私、何度もお断りしたんです」
少しだけ視線を落とすシルヴィ。
彼女の話によれば、シルヴィとサラザール卿は、幼いころからの「知り合い」だったらしい。(かたやエルトリア王国の王女、かたや神聖メアリ教国の名門貴族の子弟。貴族・王族同士の社交会もあるので、そういった場で知り合ったそうだ)
幼いころから抜群の才能を見出されており、将来は歴史上最強の「光の勇者」になると期待されていたサラザール卿。
ちなみに正確にいえば、彼はまだ「光の勇者」ではない。光の勇者候補生と言った方が適当であろう。
「光の勇者」には、必ずパートナーとなる「光の巫女」がいる。これは必要不可欠の絶対条件であり、二人が協力することで、初めて「魔剣」の封印が可能となるのだ。
この「光の勇者」と「光の巫女」は一心同体。一生涯のパートナーであり、一度パートナーとして契約が結ばれたら、途中で相手を変更することや、契約を解除することはできない。
また、途中でどちらかが死亡した場合でも、新しいパートナーを選ぶこともできない。
例えば、ある「光の勇者」と「光の巫女」のパートナーにおいて、何らかの理由により「光の巫女」が先に死亡したとすると、残された「光の勇者」はもはや絶対に魔剣の封印を行うことが出来なくなる。封印に必要なパートナーがこの世に存在しないからだ。
このような場合、もはや彼は、「元勇者」に過ぎない。多少身体能力が通常人より優れ、神技と呼ばれる光の勇者や光の巫女のみが使える特殊な光魔法を使用することはできるが、光の勇者として最大の使命である「魔剣の封印」を成し遂げることができないからだ。(逆の場合も、「元巫女」ということになり、やはり魔剣の封印を行うことは不可能となる)
そう言ったわけで、光の勇者候補生にとって、生涯の伴侶となる「光の巫女」を誰にするかというのは、非常に重要な問題なのである。
これは人間に魔法の才能があるかないかというのと同様、「光の勇者」あるいは「光の巫女」になれるかどうかというのは、100%、生まれもっての「才能」で決まる。
「神童」サラザールがそこまで固執するということは、シルヴィは……。
「はい、私は『光の巫女』の素質があるそうです。それも、かなりの……」
そう言えば以前、ケルン公国でイザベラ=ローレライと遭遇した際、彼女の「誘惑の魔法」をシルヴィは難なく耐えきった。(※第41話参照)
訓練もしていないのに、四天王クラスの魔法に「素で」対抗したのだ。あの時は「それどころ」ではない状況だったからあまり気に留めていなかったが、考えてみれば尋常ではないことだ。
恐らく、シルヴィの「光の巫女」としての適性は「極めて高い」。歴代最強クラスの適性を持つ「光の勇者」のパートナーに相応しいぐらいに……。
「でも私、『光の巫女』になんて絶対になりたくありません!」
シルヴィは語気を強め、はっきりと俺に宣言する。
「サラザール卿のお誘いは、子どものころから何度も何度も『お断り』してきました」
「私が、魔王様を打ち倒す『光の巫女』になんてなるはずがありません。む、むしろ、魔王様のつ、妻になりたいと思っているんですから!」
シルヴィは耳まで真っ赤になりながら改めて面と向かって彼女の想いを伝えてくれる。なんだかこっちまで恥ずかしくなってしまいそうだ。
「それに、『光の巫女』になってしまったら、エルトリア王国の王女も辞めなければいけません。父の亡きあとを継いだ今、それを途中で投げ出すことも、絶対にしたくないんです」
光の勇者候補生と、光の巫女候補生は、お互いがパートナーになる誓いを立てたら、神聖メアリ教国にある「試練の塔」と呼ばれる施設に二人っきりで閉じ込められ、333日もの間、襲い来る様々な「試練」に二人で立ち向かい、勇者と巫女になるための訓練をしなければならない。
この試練を乗り越え、「聖剣」に認められたものが、初めて真の意味で「光の勇者」と「光の巫女」を名乗ることが出来る。
が、そうなってしまえば、「魔剣の封印」することが至上目標となり、「光の勇者」と協力して魔王せん滅を目指す人生を送らなければならなくなってしまう。少なくとも今のように、エルトリア王国の内政に関わることは一切できなくなる。
「でも、サラザール卿は、それで引き下がってくれることはありませんでした」
「今回も、アルドニア王国訪問の直前にサラザール卿から手紙をいただきまして、内容は『今回のアルドニア王国訪問中に、決断するように』というものでした」
「決断するように」も何も、シルヴィは元から「断る」と言っているではないか。一体何を決断せよというのだ。
要は、「サラザール卿のパートナーになる」と返事をしろと言っているようなものだ。
「もちろん断るつもりだったんですけれど、今日のお昼、それから夜の会合で、メアリ教国の神官の方々から、その、色々と脅されて……」
「『断れば国がどうなるかわかっているんだろうな?』とか、『政治はおままごとじゃない。君のような温室育ちのお姫様に務まるはずがない。それよりも、サラザール卿のパートナーとしてあるべき役割を果たしなさい』とか……」
彼女が目に涙を浮かべる。俺はメアリ教国の連中に対し、怒りが湧きだしてくるのが分かる。
どうしようもないぐらい下衆で陰湿な連中だ。そんな奴らに、絶対にシルヴィを渡してなるものか!
聖剣と魔剣、光の勇者と巫女、そして魔王について。似て非なるシステムになっていますので、少しだけ補足説明させていただきますと……。
まず「魔剣」の場合、「魔剣」の所有者が「魔王」であり、「魔王」以外の者は魔剣に触れることはできません。魔王は同時期に世界に一人だけであり、魔王が死亡もしくは魔剣の所有資格を失った場合、「承継の儀」と呼ばれる儀式を通じ、魔剣が自らの意思で次の魔王を選び出すことによって、魔王制度が継続します。(承継の儀の具体的な内容についてはいずれ詳しく説明します)
一方の「聖剣」。世界に一本だけというのは「魔剣」と同じなのですが、神聖メアリ教国に安置されており、(触ろうと思えば)誰でも触ることが出来ます。魔剣と同じく自らの意思を持っており、試練を乗り越えたものを「光の勇者」と「光の巫女」として選任します。そしてここが魔剣と大きく違うのですが、「光の勇者」と「光の巫女」は同時期に複数のペアが存在するということです。同時期に数十組から、多い時には百組近い「光の勇者」と「光の巫女」のペアが存在することもあり、彼らは「魔剣」を封印するため、魔王国を目指します。ある者たちは、「光の勇者」と「光の巫女」を中心に「戦士」、「盗賊」、「魔法使い」などのいわゆる「冒険者パーティー」を結成し、魔王国を目指して旅をします。またある者は、神聖メアリ教国や中央六国の「将軍」となり、「神聖十字軍」などの大規模侵攻作戦に乗じて魔王国に攻め入り、魔王を討ち取って「魔剣」を封印することを目指します。
また、サラザール卿はたまたま「五聖将」であり、かつ「光の勇者」(正確には候補生)ですが、必ずしも「五聖将」=「光の勇者」という訳ではありません。「五聖将」の中には「光の勇者」としての適性は全くありませんが、卓越した智力と武力により、その地位にまで昇りつめた強者もいるようです。