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第72話 魔王様、アルドニア王国を訪問する⑤「侵攻作戦」

「いいでしょう。私に考えがあります」


 俺はゆっくりと口を開く。


 そもそも、大前提として、我がエルトリア軍は今回の神聖十字軍派遣に「反対」であるし、魔王国帝都エルダーガルムを陥落させることはおろか、魔王国の領土を多少なりとも削り取ることすら難しいと思っている。


 だが、この場であからさまに反対意見を述べれば、場合によっては、宗主国メアリ教国に対する「不敬罪」や「反逆罪」ととられる危険性がある。


 また、列国の名将たちが一堂に会するこの場面で、あまり「日和見主義的」な意見を述べるのもふさわしくない。


 例えば、イカルガ城塞の「手前側」で、被害を抑えつつ消極的に戦う等といった戦法を提示すれば、「その程度の将」と各国に思われるだろう。


 俺がそう思われるだけならそれでもかまわないが、それが後々、エルトリア王国には「凡将しかいない」、あるいは「ユードラント共和国に勝ったのはまぐれ」ということで、国が狙われる恐れもある。


平和や協調も大切ではあるが、「弱い者は食われる」というのもまた真理である。これは決して忘れてはいけないことだ。


 この場で指名された以上、ここはある程度「本気」で魔王国の領土を削り取る戦略を提示するしかなかろう。


「ではまず、今回の神聖十字軍の派遣に伴う、各国軍の『規模』について皆さんにお尋ねしたい」


 俺は列国の将官たちに問いかける。


「皆さんは、今回の戦争に、どれぐらいの人員を動員する予定ですか?」


「我が軍は2万だ」

 ケルン公国のドグラ将軍がまず答える。


「うちは3万」

 タイネーブ騎士団領、セオドール将軍が続けて言う。


「アタシらは1万5千ってとこかねぇ」

 シーレーン皇国の魔女、ゾーヤが答える。


「やれやれ、どこの国も消極的だな。女神メアリ様の教えをなんと心得る」

 ユードラント共和国のベルモンド卿がため息交じりに嫌みを言う。


 が、各国の「国力」を考えれば、妥当な数字だ。


「そういうお前さんは一体どれぐらい派兵するつもりじゃ」

 マホイヤ卿がベルモンド卿に尋ねる。


「ウチは5万の兵を派遣する予定よん」

 ルドウィック将軍が代わりに答える。


 良く言うよ。


 国力から言ったら、一番「出し渋っている」のはユードラント共和国だろうが……。


 と、言いたいところだが、ここは押し黙る。


 ちなみに、エルトリア軍の派兵予定人数は8千だ。現在、全軍の総数は1万弱だが、国内の全軍を神聖十字軍に突っ込むことは当然できない。(本当はもっと国内に兵を温存しておきたいが、あまり派遣人数が少なければ、それはそれでメアリ教国の不興を買うことにもなる)


 そして、ここにはいないが、アルドニア軍、そして神聖メアリ教国の軍の総数を予想するに、恐らくアルドニア軍10万、メアリ教国軍20万といったところだろう。


 この予想は「例年」の神聖十字軍の規模や各国の出兵状況から見た「推測」だが、そんなに大きくは外していないはずだ。


 すると、各軍の状況は……。


 神聖メアリ教国   兵20万

 アルドニア王国   兵10万

 ユードラント共和国 兵5万

 タイネーブ騎士団領 兵3万

 ケルン公国     兵2万

 シーレーン皇国   兵1万5千

 エルトリア王国   兵8千


 合計で42万3千。


 多少数は変動するだろうが、40万~45万の軍勢になるはずだ。


 一方の魔王軍、最大で(・・・)動員できる兵数は100万を超えるが、無論「全軍」を神聖十字軍撃破のために繰り出して来るはずはない。(そんなことをすれば、魔王国本国の守りががら空きになった隙をついて、南の「ダルタ人勢力圏」や北の「アモンドゥール帝国」が大挙して押し寄せてくるからだ)


 更に、ヴァンデッタやクロエのように国内には今でも俺を魔王と思ってくれている(ロドムスを魔王と認めていない)「反対勢力」もくすぶっている。


 そういった状況を考えると、神聖十字軍の撃破にそれほど大規模な軍を割く余裕はないはずだ。


 魔王国が動員できる戦力は、これらの状況とクロエからの報告を考慮するに30万~40万。


 つまり、全軍の規模で行けば、若干「こちら」の方が多いはずだ。


 とはいえ、戦争は基本的には「守る」側の方が有利だ。


 特に「有利な地形」や砦などの「建造物」を守備側に抑えられている場合、十倍の軍でも敗北する危険がある。


 ましてや「神聖十字軍」は各国の寄せ集めの軍であり「烏合の衆」。


 対立する各国・利害関係の不一致・士気にばらつきがある等々様々な理由により、「長く戦い続ける」ことはできない。


 そう言ったことを考慮して、まず、今回の戦争の「期間」と「戦略目標」を決める必要がある。


「今回の『神聖十字軍』で、帝都エルダーガルムを陥落させ、魔王(・・)を滅ぼすことは不可能です」


 俺は皆に意見を伝える。神聖メアリ教国や、敬虔なメアリ教の信徒が多いアルドニア王国の面々が聞いたら不快な顔をするだろうが、これは事実だ。


「今回の神聖十字軍の目標は、魔王国を攻め滅ぼすための何十手も手前の準備、魔王国に『橋頭保(きょうとうほ)※を確保する』ことです」


※橋頭保とは、敵地などの不利な地理的条件での戦闘を有利に運ぶための前進拠点のことである。


 手前味噌ではあるが、俺が魔王であった頃にも「神聖十字軍」は何度か魔王国に押し寄せてきたが、北の山脈ルート、南の海岸線ルート、そしてイカルガ城塞を要する中央ルート、このいずれからも魔王国への侵入を許したことはなく、すべてその「手前」で阻止してきた。


 つまり今の神聖十字軍にとって、帝都エルダーガルムを陥落させるどころか、そもそも魔王国に突入できるか、そして突入できたとして、いずれどの国の軍も本国に引き上げなければならないという状況の中で、「魔王国の内部」に拠点を確保し続けることができるのか、というのが問題になる。


 なので、今回の神聖十字軍の目標は、「何とか魔王国の入口をこじ開けて、魔王国内部に中央六国側の拠点を築く」ことになる。


「まぁ、ここまでは悪くない。妥当な意見だな」

 ベルモンド卿が口髭をしごきながら頷く。


「それで、一体どのルートから魔王国への侵入を試みるつもりだ?」




 理想は、南の「海岸線ルート」だ。道が比較的穏やかであり、海岸線なので兵站を確保しやすい。(40万を超える「超大軍」ともなれば「兵糧」も膨大な量になる。これを運搬するのに、「陸路」は効率が悪い。そこで、船などを使って海上輸送するのだ。兵は陸路で侵攻し、兵糧などの補給物資は海から海上輸送によって運搬するというのが、最も理想的な行軍形態である)


 だが、南のガドガン海峡には「群青の妖妃(ぐんじょうのようき)」こと四天王のイザベラ=ローレライが待ち伏せている。


「海の女王」である彼女が最も得意とする地形にわざわざ飛び込むのは、完全に「自殺行為」だ。(そんな「悪手」を打った場合、彼女は俺に対しても、一切容赦しないだろう。大津波を引き起こして、神聖十字軍を海岸線ごと木っ端みじんに吹き飛ばして、「全滅」させるに違いない。彼女の存在そのものが、「戦略兵器」レベルに危険なのである)


「南の海岸線ルートはやはり採用できません。『群青の妖妃』がいる以上、このルートを突破するのは不可能です」


「だろう! 流石アレク殿だ! ちゃんとわかっておられる」


 ドグラ将軍が「それ見たことか」といった様子であたりを見渡す。







 さて、次にいいのは、「中央ルート」だ。「魔王国への正面玄関」と言われるように、西のメアリ教国を出て、「天国の門」を通過し、アルドニア王国→ユードラント共和国→タイネーブ騎士団領と東へ東へと続く「世界の道」と呼ばれる巨大な街道を進むと、自然に魔王国へと到達する。(西の果て、神聖メアリ教国と、東の果て、魔王国バルナシア帝国は、実は一本の街道でつながっているのだ)


 途中妨害がなければ(・・・・・・・・・)、魔王国へ到達するのは極めて容易なのである。


 だが、そんなに上手くいくはずがない。中央ルートには難攻不落のイカルガ城塞がそびえたち、敵の侵攻を阻止しているからだ。


 イカルガ城塞の侵攻がいかに無謀であるかについては、先ほど確認した通りだ。(※71話参照)


 そうすると、消去法にはなるが……。


「侵攻作戦は、北の『山脈ルート』を採用するしかないでしょう」


 俺は皆に向けてハッキリと告げるのであった。


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