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第71話 魔王様、アルドニア王国を訪問する④「北か南か」

「初めまして。シドニア=ホワイトナイトと申します」


 部屋に入ってきたのは、つい先日の「メルリッツ峠の戦い」にて、エルトリア軍を阻止した、あの(・・)シドニア=ホワイトナイトであった。


「なるほど、貴公がアレク殿か」


 彼は氷のように蒼い瞳でこちらをじっと見据えている。まるで心の奥底を見透かされるようだ。


「……」


 ルナ(もとい、今は偽名のレナだが)が無言だが、シドニアを警戒しているのが分かる。彼の出方次第では、この場が一気に修羅場と化すやもしれぬ。


「フッ。今は(・・)よしましょう。いずれ貴公とは決着を着けたいところだが、今回は『味方』だ。とりあえず一旦は仲良くやりましょう」


 そう言って彼は手を差し伸べる。


「あぁ、こちらこそよろしく」


 俺はそう言って彼の手を握る。この場の緊張感が一気に和らぐのが分かる。


「ホッホッホ。顔合わせはすんだようじゃな」


 すべてを察したかのように、マホイヤ卿がパンと手を鳴らす。お互い、過去の因縁はいったん棚上げだ。


「じゃあ今のうちに『中央六国側』の要望を取りまとめちまうとするか!」

 ドグラ将軍が話題を元に戻す。


 今回の神聖十字軍派遣における正式な作戦立案は、明日以降にアルドニア王国の最高司令官・副司令官および神聖メアリ教国の「五聖将」が揃ってから行われるはずだが、今、これだけの面々が集まっておきながら、世間話でお茶を濁すような無駄な時間の使い方をするはずがない。


 今のうちに「作戦案を詰めておこう」というのは至極合理的な判断だ。


「当たり前だが、『イカルガ城塞』を抜くことはできん。魔王国への侵攻ルートは、北の『山脈ルート』か、南の『海岸線ルート』のどちらかになる」


 中央六国から魔王国へ至るルートは、大きく分けて三つ。


 まず一本目は北の魔道国家シーレーン皇国から標高3千メートル級の山々が連なる北方のノア山脈へ入り、魔王国へ侵入するという「山脈ルート」だ。


 二本目は南のケルン公国からケルナ湾に沿って海沿いを抜けて魔王国へ侵入する「海岸線ルート」


 そして最後の一本は、中央六国東側に位置するタイネーブ騎士団領を通って、魔王国への正面玄関である「イカルガ城塞」を突破する「中央ルート」だ。


 今、ルートは三つあると言ったが、神聖十字軍が実際に採れるルートは北か南の「二択」になる。


 なぜなら中央ルートは、魔王国が誇る難攻不落の鉄壁要塞「イカルガ城塞」がその行く手を阻んでいるからだ。


 イカルガ城塞。


 第2歴の「一万年戦争」の頃に建造されたというこの巨大な城塞は、高さ100メートルを超える城壁に護られた、魔王国へと通じる「巨大な門」だ。(メアリ教国の入口にある「天国の門」と対になっているという噂もあるが、真偽のほどは定かではない)


 現代では失われてしまった太古の建造技術で建築されており、いかなる魔法や兵器を持ってさえ、この城壁に傷をつけることすら出来ない。


 おまけに同城塞には必ず「魔王軍四天王」の誰か一人が常駐しており、彼らが直々に陣頭指揮を取るイカルガ城塞の鉄壁の守備を抜くことなど、100万の軍をもってしても不可能だ。


 そう言った理由で、「神聖十字軍」における魔王国への侵攻ルートは「北」か「南」の二択に限られる。


 無論、この二つのルートも、決して「安全」ではない。北の山脈ルートは険しい山脈を超える山越えルートになるため、土砂崩れや落石の危険が常に伴う。冬には豪雪による被害も甚大であり、補給線を確保しながら魔王国へと長期間侵攻作戦を継続することは難しい。


 また、南の海岸線ルートは比較的穏やかな道のりであるが、海岸線を進軍中にガドガン海峡沖に展開する「魔王国海軍」の戦列艦から一方的に砲撃を浴びせられる危険性が高く、更に同地域は「ダルタ人勢力圏」とも隣接しているため、魔王国への侵攻途中に突如として「最強の戦闘民族」に強烈な横撃を喰らわされる危険性もある。


 こういった理由で、神聖十字軍が「魔王国へ到達すること」がそもそも非常に困難なのである。


 さて……。


「現在ガドガン海峡沖に展開している魔王国海軍は約10万。第一等、第二等クラスの巨大戦列艦が約70隻、第3等以下の戦列艦150隻、それ以下のフリゲート艦が300隻、その他にも無数のコルベット艦が数多く展開している」


 ケルン公国海軍総督、ドグラ将軍が報告する。


「更に、『群青の妖妃(ぐんじょうのようき)』が直々に前線に入っているとの報告もある。とてもじゃないが、海岸線ルートを取るのは現実的じゃない。死にに行くようなもんだ」


「群青の妖姫」イザベラ=ローレライがこれほど大規模に魔王国海軍を同地域に展開しているのは、神聖十字軍を警戒してのこともあるだろうが、恐らく「ガドガン海峡」の制海権を巡って「ダルタ人勢力圏」との紛争が激化しているということもあるだろう。


 いずれにせよ、四大勢力のうち、「魔王国」と「ダルタ人」が争っている海岸線地域に、更に神聖十字軍が侵攻してくれば同地域は「混乱の極み」になる。


 同地域に近いケルン公国も巻き添えを喰らう可能性が高い。


 よって、ケルン公国としては絶対に南ルートは取りたくないというのが本音だろう。


「しかし、北方の山脈ルートも危険ですよ。今は7月末。今回のこの会合が終わってから各国ともに準備を整え、実際に神聖十字軍が進軍を開始するのが、最速でも8月末から9月初旬からです。北方山脈では、9月になればすぐに初雪が降り始めます。冬の山脈越えこそ自殺行為です」


 魔道国家シーレーン皇国の副官、大賢者クレイオンが意見を述べる。


「更に、ずっと大人しかった、北の『死者の国』アモンドゥール帝国に不穏な動きがあるとの報告も受けています」


 神聖メアリ教国、魔王国バルナシア帝国、ダルタ人勢力圏に並ぶ四大勢力の一角として数えられる「死者の国」アモンドゥール帝国。


 ゾンビや死霊、外法の魔導士たちの王である「闇王」が統べる同国は、以前は他の国々へと積極的に侵攻していた時期もあったが、ここのところ十年以上の長期にわたり、他国への侵攻を一切行っておらず、国内の状況は完全に謎に包まれている。


 北方の山脈ルートは、東に抜ければ魔王国へ到達するが、北へ抜ければ「死者の国」へ到達することも可能だ。


 南ルートが「ダルタ人」襲撃の危険性があるのと同じように、北ルートも「死者の国」から横撃を受ける危険性は十分に考えられるのだ。


「皆さんも『死者の国』の恐ろしさを知らぬわけではないでしょう。彼らを刺激すべきではありません」


 同地域に近い魔道国家シーレーン皇国としては、「死者の国」の国境近くに「神聖十字軍」という大軍を展開することにより、闇王を刺激したくないという思惑もあるのだろう。


 彼らは北の山脈ルートに消極的なようだ。


「フン! 貴様ら自国の都合で『山脈ルート』を選びたくないだけだろうが! 貴様らの都合だけで他の同盟国を危険にさらすな!」


 タイネーブ騎士団領の「人間戦車」、セオドール将軍が大賢者クレイオンに食って掛かる。


「ソレを言ったら、ケルン公国も自国の都合よねぇ。魔王国とダルタ人が争ってるなら、そこに上手く『横槍』を入れれば、どちらも倒すことが出来るんじゃない? オタクのところの貧弱な戦列艦じゃ、無理かもしれないけど」


 ユードラント共和国のオネエ系暗殺者、ルドウィック将軍がドグラ将軍に向けてチクリと嫌みを言う。


「やれやれ、これだから『脳筋』は」

 クレイオンがセオドールにやり返す。

「何だと!?」


「うちの戦列艦が貧弱?」

 聞き捨てならない、とドグラ将軍が反応する。

「アラ、本当のことでしょう?」


 このやり取りを見てわかるように、そもそも中央六国同士の利害関係が一致していない。どの国も自国に危険が及ぶのを極力避けたいので、「全体の利益」よりも「自国の利益」を優先して提案を行う。


 特にケルン公国は「ダルタ人勢力圏」、魔道国家シーレーン皇国は「死者の国アモンドゥール帝国」という別の(・・)四大勢力とそれぞれ国境を接している。


 それらの勢力を極力刺激したくないと思うのは当然だろう。


 おまけに、これも今のやりとりから明らかなことだが、中央六国同士で仲が悪い国同士が存在する。


 ざっくりいうと、タイネーブ騎士団領と魔道国家シーレーン皇国は「仲が悪い」。両国は領土問題を抱えており、更に「騎士」と「魔導士」という正反対ともいえる国同士なので、根本的に相入れない。


 そしてケルン公国とユードラント共和国も「仲が悪い」。ケルン公国が海産物を中央六国各国へ輸出する際にユードラント共和国を通過せねばならず、それに対してユードラント側が高額な通行税を課すなどの高圧的な外交姿勢を取っていたからだ。


 最近エルトリア王国経由で輸出可能な「エルトリアルート」に切り替えることが出来たが、長年の遺恨はお互いに残っている。(※第39話、40話参照)


 それ以外で言うと……。


 タイネーブ騎士団領とユードラント共和国は「仲が悪い」。


 魔道国家シーレーン皇国とアルドニア王国は「仲が悪い」。


 アルドニア王国とユードラント共和国は「仲がいい」。


 エルトリア王国とケルン公国は「仲がいい」。


 そして、ついこの間の「メルリッツ峠の戦い」を通じて、エルトリア王国とユードラント共和国は「仲が悪い」状況となった。


 そこへ更に、神聖メアリ教国に対する「忠誠度」も各国でばらつきがあるため、今回の神聖十字軍に、(表面上は皆賛成しているように見えるが)内心も賛成している国と、内心では反対している国があり、複雑怪奇、摩訶不思議な思惑が交差しているのである。


「これでは話がまとまらんな」


 ユードラント共和国の大傭兵団長ベルモンド卿が口髭をしごきながらため息をつく。


「どうかね、ここは、第三者であり、なおかつ『若き才能』であるアレク殿に意見をまとめてもらうというのは」


 彼はニヤリと笑いながら、俺の方を見る。


 半分は嫌がらせ、そして半分は、俺の実力を推し測るのが目的だ。


 皆の視線が一気に俺に集まる。つい先日の戦争で「4倍」のユードラント軍を破った無名の将がどの程度の人物なのか、列国の将たちも興味があるようだ。


「……」


 俺は静かに考える。


「いいでしょう。私に考えがあります」


 俺はゆっくりと口を開くのであった。




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