第70話 魔王様、アルドニア王国を訪問する③「六国の猛将たち」
ロイヤル・デサント宮殿。
アルドニア王国の貴族と王族の居住区画であり、シルベス湖に浮かぶ島が丸ごと一つ巨大な宮殿となっている。
城内に足を踏み入れると、さっそく「大通り」に出る。(実際は「廊下」なのだが、横幅も奥行きも普通の街の「大通り」と同じぐらいある。道路わきにはご丁寧に「水路」が作られて水が流れており、色とりどりの花が咲いた植木まで植えられている)
室内は豪華な装飾が施された金ぴかの壁と天井。通路の床は大理石。
巨大なシャンデリアが「大通り」の天井に、延々と連なって吊り下げられている。
「それでは、失礼ですが、各国の『国家元首』『最高司令官』『副司令官』以外の将官の方々は、こちらでお待ちください」
案内の文官が指示を出す。
グレゴリー卿以下、第一軍から第五軍までの隊長、副長クラスには別室で待機してもらうことになるようだ。
俺は「国家元首」であるシルヴィと、「副司令官」であるルナとの3人で、更に奥へと進む。
「……」
シルヴィはやはり、アルドニア王国に来てから元気がない。
「あのさ、シルヴィ……」
俺が声を掛けようとしたところで、
「それでは、シルヴィア姫。これから各国の代表の皆さまと懇談を兼ねた『昼食会』となりますので、こちらへ。最高司令官・副司令官のお二人は別室へご案内いたします」
案内の文官が突如、そんなことを言い出した。
「ちょ、ちょっと待ってくれ。昼食会なんて聞いてないぞ!」
俺は思わず口をはさむ。事前にアルドニア王国から通知された公式日程にはそんな予定は入っていなかったはずだ。
「はい、しかし、大教主国家・神聖メアリ教国より『是非とも』と依頼がありましたので」
文官は、けろっとした顔で言い放つ。
各国の国家元首が、メアリ教国の「思い付き」に振り回されるのか……。
「大丈夫です。アレク様」
シルヴィが俺に声をかける。
「私は大丈夫です。後で相談させていただきたいことがございます。会合が終わってから、少しお時間をいただけますか?」
「あ、あぁ……」
俺はそう答えるしかなかった。
シルヴィはそのまま一人だけ、別室に連れていかれてしまった。
俺とルナは、案内を引き継いだ別の文官によって、更に別の部屋へと案内される。
「シルヴィア姫、なんだか元気なかったですね」
ルナが俺に話しかける。
「うん。何かあったのかな?」
俺も首をかしげる。心当たりは全くない。
後で相談したいことがあると言っていたし、話を聞いてみるよりほかにはないだろう。
「お待たせしました。こちらのお部屋です。各国の最高司令官・副司令官の皆さまも既に到着されています」
文官が扉を開ける。
ついに、列国の最高司令官たちとの邂逅だ。
ガチャリ。
部屋の中には、8名の武人たちが大きな円卓を囲んでいる。
いずれも、中央六国各国を代表する最強の将たちだ。
部屋の中に入っただけでも、ものすごい「圧」を感じる。歴戦の武士の風格だ。
「おぉ! アレク殿! よくぞ参られた!」
最初に声をかけてきたのは、ケルン公国海軍総督、ドグラ将軍だ。
以前、ポルト・ディエットを訪れた際にゼファール大公とともに街を案内してくれたことがあるので、彼とは知り合いだ。(※第37話参照)
「ユードラントの馬鹿どもに圧勝したらしいな! やるじゃないか! 今回の『神聖十字軍』には息子を副官に連れてきた。色々教えてやってくれ」
ドグラ将軍は隣に座る青年の肩をバシバシと叩く。
「初めまして。ドグラJr.です。お噂はかねがねお伺いしております。よろしくお願いいたします」
青年が俺に握手を求める。あのドグラ将軍の息子とは思えない。大人しそうな青年だ。
「こいつは勉強はできるんだが、腕っぷしの方はからっきしだ!」
「何言ってんだよオヤジ。いまどき戦争は頭で戦うもんだ。気合と根性で戦争に勝とうなんて時代遅れだよ」
ドグラJr.があからさまに不満そうに鼻を鳴らす。親子の仲は「微妙」といったところか。
「フン、貴様がアレクか。先の戦、私が出陣していれば『こう』は成らなかった。ポロゾフやラロッカ程度の『ザコ』に勝ったぐらいであまり図に乗るなよ」
ユードラント共和国最高司令官、ベルモンド大将軍が自慢の口髭をしごきながら俺に警告する。
大傭兵団長ベルモンド。
中央六国のみならず、魔王国でも名の知れ渡る「傭兵の王」と呼ばれるほどの名将だ。漆黒の鎧に身をまとい、巨大な鎌を武器に戦場を縦横無尽に駆け抜けるその姿は、まさに「死神」のようだと恐れられている。
彼の行動原理は「正義」や「忠誠」ではない。「金」だ。
「金さえ積めば、自分の親でも殺す」と言われるほどの拝金主義者である。が、そんな男であっても、常に世界中の戦場からひっきりなしに声がかかるということは、ひとえに彼が「戦争の天才」であることの証明であるともいえよう。
現在は「莫大な契約金」によりユードラント共和国の軍事顧問として迎え入れられているようだ。
「アラ、エルトリアの副官さんはずいぶん美人ねぇ、でも、私の方が美人よぉ~」
うふふふふふ、と笑うこの男性ユードラント軍の副官ルドヴィック将軍である。
「オネエ」っぽい口調や態度からは想像もできないが、本人は凄腕の暗殺者だ。大傭兵団長ベルモンド卿の下で、「一撃必殺」の大仕事をやってのけるのが彼(彼女?)の役割だ。
二人とも間違いなく列国に脅威を与える名将。「メルリッツ峠の戦い」に出てきたポロゾフ将軍やラロッカ将軍とは「格」が違うのだ。(万万が一、彼らのどちらか一方でも出てきていたら、先のメルリッツ峠の戦いはどうなっていたか分からない)
「イーッヒッヒッヒ、なるほどねぇ、その子がアレクかい。だから『金食い虫』のベルモンドはずっと機嫌が悪かったのかぃ」
丸々と太った「魔女」が手にしたパイプを吸う。
「アタシは魔女ゾーヤさ。よろしくね、坊や」
ゾーヤは鼻から勢いよくパイプの煙を吹き出しながら、歯の抜けた口でニヤリと笑う。
魔道国家シーレーン皇国の大魔導士。別名「怖しの魔女」。由来はこの魔女が、目を失明させたり、腕を欠損させたり、とにかく人体の一部を破壊するような「非常にたちの悪い」魔法を得意としているからだ。(体を壊すという意味の「壊し」と、それによる恐怖を意味する「怖し」をかけているらしい)
このような見た目をしているが、魔道の腕前は「超一流」。世界中から優秀な魔導士が集まる同国において、最高司令官を務める魔道の腕前は伊達ではない。
先述の人体を欠損させるような魔法を得意としていることも相まって、魔王軍の中にすらこの魔女と戦うのを嫌がる(あるいは恐れる)ものも多い。
「ゾーヤ様、お戯れはそのくらいで。初めましてアレク殿。私はシーレーン皇国軍副官、軍師のクレイオンと申します」
ゾーヤとは対照的な、細身の男性だ。黒い長髪で、眼鏡をかけている。
大賢者クレイオン。
世界的に有名な「名軍師」だ。
同国と仲の悪い「ユードラント共和国」や「タイネーブ騎士団」。更には四大勢力の「魔王国バルナシア帝国」や「死者の国アモンドゥール帝国」さえも何度も撃退し、経済規模も領土も小さい魔道国家シーレーン皇国の「守護神」として国民の支持も高い人物である。
人間の男性でありながら、魔道の才能も極めて高く、ゾーヤとクレイオンの二大魔導士によって、シーレーンの護りは支えられている。
「フン! 『魔女ババァ』と『がりがり眼鏡』と一緒に戦わねばならんとはな。胸糞悪い!」
丸坊主の騎士が机を思い切り叩く。筋骨隆々、そして何より「でかい」。我が軍の第五軍副長、モームより更に巨漢だ。
彼の名はセオドール=エルギン。由緒正しきタイネーブ騎士団領の「猛将」だ。
別名「人間戦車」。
彼が率いる部隊は「赤獅子隊」と呼ばれ、馬も人も全身を「真っ赤な鎧」に身を包み、巨大な斧を手に全力で敵陣に突っ込む特攻戦術で一躍有名になった。
典型的な猪突猛進タイプの武将だが、勢いに乗ったら誰にも止められない。
反面、見た目通り「策略」や「計略」の類には致命的に弱いのだが……。
「これ、セオドール。今回は『味方』じゃ。いいかげんお前さん、少しは我慢することを覚えんさい!」
ゴチンと手にした杖でセオドールの頭を殴る老人。
この仙人みたいなじいさんが、タイネーブ騎士団領の副官、マホイヤ=オルゴットである。
「ぬ、ぬぅ、申し訳ない。マホイヤ卿」
総司令官であるはずのセオドール将軍が、副官であるマホイヤに素直に謝意を述べる。
それもそのはず、マホイヤ卿は「先代の」タイネーブ騎士団領最高司令官であり、現役を引退した今、「参謀」として副官待遇で今回の戦争に参加しているのだ。(つまり、もともとはセオドール将軍の上司であり大先輩でもあるのだ)
戦歴はこの中で誰よりも長いだろう。何せ俺の先代魔王、アドレー=クランクハイド率いる先代の魔王軍の頃から戦場にあった老将だ。
彼の長い戦歴に裏付けされた「経験」と「知識」が、若く猪突猛進なセオドール将軍を的確に補佐するため、同国軍は非常にバランスの取れた軍として仕上がっている。
以上8名が、ケルン・ユードラント・シーレーン・タイネーブの将たちだ。
「あぁ、アルドニア軍の『最高司令官』それに『副官』はメアリ教国の『五聖将』を迎えに行っているからここにはいないよ。今日の晩か、明日の朝には到着するらしい」
俺の視線に気づいたシーレーン皇国副官、大賢者クレイオンが説明する。
このメンバーを神聖メアリ教国の「五聖将」と呼ばれる大将軍たちのうちの誰か一人が率いることで、神聖十字軍の戦闘陣容が整う。
まさに列国の「オールスター」といった顔ぶれだ。
「さて、エルトリア王国の若き才能、アレク将軍と、副官の美しき女騎士、レナ=クロイツ殿も見えたことだし、早速戦術の相談でもしておこうかの」
タイネーブ騎士団領副官、マホイヤ卿が「ホッホッホ」と笑う。
ちなみに、レナ=クロイツとはルナの偽名だ。流石にこのメンバーの前で、「焔の舞姫」ルナリエ=クランクハイドの本名を名乗ることはできない。
「ちょっとお待ちを。マホイヤ卿」
ユードラント共和国最高司令官、大傭兵団長ベルモンド卿が制止する。
「実は、我が軍の若手で非常に有望な新人がいる。彼に経験を積ませるため、今回どうしてもこの場に参加させたい」
「ホッホッホ。あのベルモンド卿がそこまでほれ込む人物なら、ワシもぜひ見てみたい。才能あふれる若者は好きじゃよ」
マホイヤ卿が同意する。他の将たちも異論はない様だ。
「善し、入れ」
ベルモンド卿が合図をする。
扉が開き、入ってきたのは……。
「初めまして。シドニア=ホワイトナイトと申します」
あの時の白髪の美しき騎士、シドニア=ホワイトナイトがこの場に現れたのであった。