第64話 魔王様、武将を集う①
「神聖十字軍」が発令されてしまった。
まだ、実際に軍隊を派遣するまでには 数か月の余裕があるであろうが、超大規模戦争に向けて各国ともに「準備」を進めなければならない。
エルトリア王国も例外ではない。いや、エルトリア王国のような「弱小国家」であるからこそ、来る「大戦」にて生き残るためにも、絶対に「軍の強化」が必要なのである。
「さて、どうしたものか」
軍の強化に関する方策をあれこれと検討しているアレク。しかしその表情は、意外や意外、少しだけ穏やかであった。
理由は、シルヴィが「内政」を引き受けてくれたからだ。
彼は、もし今年「神聖十字軍」がなければ、国内の産業強化や、去年から始まった街道の整備といった主要事業を一気に推し進め、エルトリア王国の経済規模を倍増させたいと思っていたのだ。
しかし、メアリ教国の「気まぐれ」のせいで、戦争に向けて「軍政」に集中しなければならなくなってしまい、その間、国内の経済政策は一旦ストップせざるを得ないと思っていたのである。
いくら魔王様とはいえ、「軍人」として大戦に生き残るための構想を考えながら、「宰相」として国内の経済政策まで考えることはできない。
「では、その間、私が経済政策などを含む『宰相』のお仕事を引き受けます」
どうしたものかと思案していたところに、シルヴィがそんな提案を持ちかけてくれたのだ。
この一年で、彼女も見違えるほどに政治に明るくなり、また、自らすべきことを率先して見つけ、行動できるようになった。
同時にアレク自身も、「こういう場面」で「人に任せる」ことが出来るようになった。
おかげで、アレクは今、宰相としての仕事を少しの間お休みし、「軍事」の方に専念することが出来ているのだ。
おっと、今はそんなことを考えている時ではなかった。
俺は改めて気合を入れなおす。
「ルナ、新兵の募集状況はどうだい?」
「ハイ、上々です。やはり、先の戦役において、圧倒的に不利な状況からユードラント軍に逆転勝利したことで、軍としての知名度が高まったことが大きいようです」
ルナが報告する。
「外交上」はメアリ教国の横槍により「無条件講和」となってしまった今回の戦争。
しかし世間一般には、4倍のユードラント軍に快勝したエルトリア軍の知名度は、一気に上昇した。
群雄割拠の時代、「強い国」に「人材」が集まるのは当然のこと。今、エルトリア軍にはかつてないほどに「任官」を求める流れの傭兵や浪士、冒険者崩れなどが大量に集まってきた。
今回の戦争により、エルトリア軍は1千人近い兵を失い、現在の全軍の規模は、約4千人だ。
「神聖十字軍」派遣までに、1万人規模の軍隊に仕上げたいと思っている。現在の倍以上の規模だ。
「人数は集まりそうです。『練兵』が間に合うかは、正直微妙なところですが……」
ルナが書類をめくりながら報告を続ける。
まぁ、今回集まってきた連中は、傭兵やら浪士やら「戦闘経験あり」の人物たちが多い。
エルトリア軍を立ち上げた時のように「素人」を一から鍛える訳ではないので、多少は練兵時間も短縮できよう。
それよりも問題なのは……。
「『武将クラス』を任せられそうな人物はいるかい?」
俺はルナに問いかける。
今、エルトリア軍の大きな問題は、「武将」が圧倒的に少ないことだ。
俺、ルナ、グレゴリー卿、ダイルン。
実質4名の武将で、軍隊を運用している状況だ。(ナユタは、今後「小隊」を任せたりして、徐々に指揮官としての経験も積ませたいところだが、現状現時点で武将としては、まだまだ経験不足だ)
今回の「メルリッツ峠の戦い」にて先遣隊1万を「嵌める」作戦を上手くやり遂げたオルデンハルト卿も正式にエルトリア軍に迎え入れるつもりだが、それでも武将クラス5名。
1万の軍隊を効率よく運用するには、まだまだ武将が圧倒的に足りない。
「一応、経歴を見るには何人か適性のありそうな人物もいますが、こればかりは何とも……」
ルナが難しい表情をする。
そうなのだ。
こういう場面で、良い待遇で雇い入れてもらいたいがため、「経歴詐称」をすることなどザラにある話だ。
優秀そうに見えたが、実際の戦場ではまるで役に立たなかった、ではお笑いにもならない。
こればかりは、やはり「直接会って」確かめるしかない。
「よし、会おう。ルナも同席してくれ」
「ハイ!」
一週間後……。
何度も面談を重ね、戦闘技術や軍略に関する知識なども吟味したうえで、4名の「武将候補」を得た。
「我々兄弟にお任せください! 殿!」
双子の「ガロン兄弟」が敬礼する。
タイネーブ騎士団領出身の傭兵団の団長であり、傭兵団ごと丸ごとエルトリア軍に迎え入れた。
ガロン兄が団長、ガロン弟が副団長として、長年各地の戦場を渡り歩いていたようで、二人とも戦闘技術、指揮力ともに光るものがある。
また、タイネーブ騎士団領出身というだけのことはあり、二人とも「槍術」において卓越した技術を持っており、特にガロン兄は、円錐状の特殊な槍「ランス」の達人である。
「オラに任せとけば安心だっぺ」
巨漢のモームが腹を叩く。
ケルン公国の片田舎から出てきたこの大男。
身長2メートル、体重100キロを超える信じられない体躯を誇る。
そして凄まじい怪力を誇る。巨大な棍棒を軽々と振り回し、エルトリア兵10人と「綱引き」をして一瞬で勝ってしまうなど、とにかく入隊試験の時からずば抜けたパワーを披露して見せた。
指揮官としての適性はまだ未知数だが「武将」候補として、その余りあるパワーは十分に光るものがある。
「ウィ~、ヒック。まぁ、金さえ貰えるなら、キッチリ仕事はしやすよぉ~」
ワルター=ダビッツが酒瓶をあおりながらニヤリと笑う。
このアル中男。なんと神聖メアリ教国の「元勇者」であり、万単位の軍の指揮経験もある。
髪はボサボサで無精ひげを生やし、とても「そんな風」には見えないが……。
更に元勇者ということで剣術の腕前も抜群であり、武力も知力も武将として申し分ない。
だが……。
「だから言ってるっしょ? 神聖メアリ教国のやり方に『ついていけなくなった』って。それで任官できる国を探して各地を放浪してたって」
いくら何でも怪しすぎる。
メアリ教国は魔王を滅ぼすことを至上目標としており、「勇者」とはある意味、その教義を最も忠実に遂行する者たちのことである。
「元」とはいえ魔王の天敵である勇者が、そう都合よくこんなタイミングで「魔王」の下に現れるだろうか。
それにメアリ教国を出奔した理由も良く分からない。
ハッキリ言って全く信用できない。
だが、将としての実力は、今のエルトリア王国にとって、喉から手が出るほど欲しいものがある。
「仕方ない。しばらく様子を見ながら、一応採用しようか……」
「は、ハイ。アレク様……」
俺はルナとこっそり打ち合わせをしながら、一応は彼も軍に迎え入れることにする。
こうして、いずれも一癖も二癖もありそうな人物ばかりだが、エルトリア王国の新しい将官候補が軍に加わったのであった。
「勇者」についてはいずれ本編で詳しく触れる機会があると思います。今は、神聖メアリ教国でのみ運用可能な上級兵科ぐらいに考えておいていただければ大丈夫です。