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第60話 メルリッツ峠の戦い⑩

 第4歴1299年5月29日。早朝。


 昨晩カルデア城塞にいた「オルデンハルト卿」や「踊り子クロエ」が行方不明になり、一瞬、「これはエルトリア軍の罠ではないか?」と焦ったユードラント軍先遣隊1万。


 が、その後、結局何も起こらなかった。最大級厳戒態勢のまま城塞に閉じこもり、朝を迎えたユードラント軍先遣隊は、日が昇るとすぐに、本隊へ現状報告の使いを走らせようとする。


 しかし、そんな彼らの元へ、衝撃の報告が舞い込んできたのだ。


「ほ、報告します! 本日未明、エルトリア軍の猛攻撃により、我が軍『本軍1万』敗走したとのことです!!」


「な、何をバカなことを!? デタラメだ!!」


 カルデア城塞の内部で報告を聞いたラロッカ将軍は、「あまりの内容」に信じられないどころか怒りすら覚える。


 が、エルトリア軍の使者が、ユードラント軍総大将「ポロゾフ将軍の首」を城に届けに来たことで、この報告が「事実」であることを確信した。


「そ、そんな馬鹿な……」


 首だけ(・・・)になったポロゾフ将軍と面会しながら、ラロッカ将軍は絶句する。


 2万もの大軍を動員しておきながら、気付かぬうちに我が軍は「大敗」してしまったのだ。


「エルトリア軍より、全員降伏し、カルデア城塞を『無血開城』すれば、ユードラント軍先遣隊1万の生命は保障すると伝言が届いております」


「……」


 頭を抱えたまま伝言を受け取るラロッカ将軍。


 カルデア城塞には、まだ1万の「無傷」のユードラント軍が残っている。


 が、この軍は「先遣隊」であり、攻城戦用の兵器をほとんど所有していない。


 この状態で、もう一つの戦略目標であった、エルトリア軍の「レンテン砦」を攻めることは不可能だ。


 おまけに、「兵糧」もほとんどない。


 もともと身軽さを重視した先遣隊であったため、兵糧をほとんど「本隊」に預けてきてしまったというのもあるが、昨晩、占拠した「カルデア城塞」を調べたところ、城内には武器も金品も兵糧もほとんどないことが判明したのだ。


(これはアレクが、最初から(・・・・)カルデア城塞を敵に占拠させる作戦を立てていたため、意図的に同城塞内に、ほとんど「備蓄」を用意していなかったためである)


 つまり、敗走し、恐らく本国へ逃げかえったであろう「ユードラント軍本隊」を、議会が再編し、我々先遣隊を救出しに来るまで、この「カルデア城塞」にて「籠城戦」を取ることも不可能なのだ。


「分かった……。エルトリア軍の要求をすべて受け入れる……。」


 ラロッカ将軍はがっくりとうなだれ、消え入るような小さな声で呟く。


 この瞬間、「メルリッツ峠の戦い」の勝敗が完全に決まったのである。






 戦闘報告


 エルトリア王国軍 兵力5千 総大将アレク


 死者・行方不明者約1000名。

 戦死将校無し。(総大将アレク、シドニアの氷魔法により右腕を負傷。ごく軽傷)




 ユードラント共和国軍 兵力2万 総大将ポロゾフ将軍、盟主へクソン侯


 死者・行方不明者3000名。捕虜10000名。

 総大将ポロゾフ将軍、戦死

 盟主へクソン侯、逃亡

 副将ラロッカ将軍、カルデア城塞開城時、先遣隊とともにエルトリア軍の捕虜となる

 小隊長シドニア=ホワイトナイト 退却

 シドニア小隊副官ヒューゴ=マインツ 退却





 大方の予想を大きく裏切って、エルトリア王国軍の圧勝という形で幕を閉じたのであった。


 そしてこの勝利は、「バーク街道の戦い」や「クレイド平原の戦い」とは全く違う意味を持つ。この戦いは、エルトリア王国とユードラント共和国という「中央六国同士」の戦いであったのだ。


 規模は小さくても、そこは国同士の戦争。この戦争の顛末は、やがて中央六国全土に、そして「風の噂」程度とはいえ、やがて「四大勢力」各国にも伝わるだろう。


「エルトリア王国に名将アレク有り」


 この一報が、神聖メアリ教国や魔王国バルナシア帝国に伝わることが、今後どのような事態を巻き起こすかは、まだ誰にも分からない。






 また、別のところでは……。


「しかしヒューゴ、お前が『仕留め損ねる』所など、俺は初めて見たぞ」


「申し訳ありません。シドニア様。あのダルタ人の少年、予想以上の手練れでした」

 隻腕の騎士が頭を下げる。


「いや、いい。俺ももっと早く敵将アレクの策に気付いて引き返すべきだった。おかげでギリギリのところでへクソン侯を救うことはできたが、戦争には負けてしまった」


 そう言いながらも、満足そうな表情のシドニア=ホワイトナイト。


 さながら好敵手に出会えたことがうれしくて仕方がないといった表情だ。


「次こそは俺が勝って見せるさ!」


 エルトリア軍大勝の影に隠れ、各国には全く伝わっていないが、シドニア=ホワイトナイトとヒューゴ=マインツという「若き才能」が産声を上げた戦いでもあったのだ。







 そして……。


 ここはエルトリア城のバルコニー。


「この戦」が始まる前に、シルヴィア姫が出撃する兵たちに向けて「演説」を行った場所だ。


 あの時(・・・)と同じように、バルコニーの下の大広間には、多くの兵たちが詰めかけている。


「……」

 緊張した面持ちで立つシルヴィア姫。今回彼女はバルコニーの上ではなく、兵たちと同じく大広間におり、兵たちと向かい合うような恰好で立っている。


 バサッ。


 マントをはためかせ、一人の青年が姫の前に跪き、報告する。


「シルヴィア姫。アレク以下エルトリア軍、姫様の御命令通り、『生きて』戻って参りました」


 彼のあいさつにあわせ、兵たちは剣を自らの眼前に掲げ、敬礼の姿勢を取る。


「アレク様、兵士の皆さん……」


 姫が静かに話し始める。


「よくぞ、よくぞ無事に戻ってきてくれました……。約束通り、これから皆で協力し、エルトリア王国を幸せな国にしていきましょう。でもその前に、一言だけ皆さんに伝えさせてください……」


 彼女はそう言って、大きく息を吸い込む。


「お帰りなさい! 皆さんが無事に戻ってきてくれて、私本当にうれしいです!!」

 彼女は明るく、元気よく、皆に届くような大声で、彼女の「心の声」を風に乗せる。


「うぉおおおおおおおおお!!!」

 割れんばかりの大歓声。


 兵たちは兜を一斉に投げ捨てる。


涙を流し、抱き合って喜んでいる。


 ここに、エルトリア王国とユードラント共和国の間に勃発した、「メルリッツ峠の戦い」は完全終結を見たのである。 



 To be continued

 こんばんは。モカ亭です。

 いつもお読みいただき、誠にありがとうございます。


 3度目の「戦争パート」これにて終了となります。いかがでしたでしょうか?


 さて、次回からまた「内政パート」に戻りますが、今度は割と早い段階で、次の「戦争篇」に突入したいと考えております。(前回は一か月以上「内政パート」を続けてしまい、流石に中だるみしすぎたと反省しております……)


 次回の戦争篇は、今までとは桁違いの「大規模作戦」になる予定ですので、ぜひまたお読みいただければ幸いです。


 今後とも、「追放魔王」をどうぞよろしくお願いいたします。

 

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