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第59話 メルリッツ峠の戦い⑨

 あと一歩で今回のユードラント軍侵攻部隊の「盟主」にしてエルトリア王国にとって因縁の「大貴族派」最後の生き残りであるヘクソン侯に刃が届く……。


 その瞬間、突如として数十騎の騎馬隊がエルトリア軍の前に立ちふさがった。


「エルトリア軍! 貴様らの快進撃もここまでだ!!」


 ユードラント共和国の若き騎士、シドニア=ホワイトナイトが(つるぎ)を構え、エルトリア軍に対峙する。


「流石シドニア様、お見事です」

 シドニア隊の副長、ヒューゴがダブルセイバー(柄の両側に刃が付いた薙刀のような武器)を軽く回しながら、突撃準備を整える。


 ユードラント軍の小隊長、白銀の髪の美青年、シドニア=ホワイトナイト。

 彼の従者、黒髪、隻腕の騎士、ヒューゴ=マインツ。


 彼らはラロッカ将軍率いる「ユードラント軍先遣隊」に所属していた。


 ユードラント軍先遣隊1万は、現在主戦場より遥か南の「カルデア城塞」に閉じ込められているはずである。


 にもかかわらず、先遣隊にいたはずの彼らが、今、なぜ、「ユードラント軍本隊」へクソン侯の危機を救いに現れたのだろうか?


 シドニアは、28日に先遣隊がエルトリア軍待ち伏せ部隊を撃破した直後から、「追撃不要・速やかに本隊と合流すべし」との意見を再三に渡りラロッカ将軍に上申していた。


 しかし、ラロッカ将軍はシドニアの話をまともに聞かず、それどころか自分に異を唱える生意気な若き小隊長を疎ましく思い、彼の意見を完全に無視してしまったのだ。


 それでも粘り強く説得を続けていたシドニアに対し、「今度俺に意見したら、戦後、貴様の『消極性』を軍法会議にかけてやる」と脅しをかけたのだ。


 一旦は矛を収めたシドニア。だが、総大将アレクを追い続け、徐々にエルトリア王国の奥地に誘い込まれていくユードラント軍、そこへ「カルデア城塞ががら空きである」という「都合が良すぎる情報」が舞い込む。


 シドニアはこの瞬間に、「これはエルトリア軍の罠だ」と察したのだ。


 28日の夕方。今から戻っても夕暮れまでに「本隊」の元へ戻るのは不可能だ。


 だが、それでも、「カルデア城塞に誘い込まれること」の方が遥かに危険だと判断したシドニアは、自らの小隊500騎のみで、メルリッツ峠を引き返し、本隊の元へ合流するという決断を下したのだ。


 彼はエルトリア軍との遭遇に十分注意しながらも、可能な限り最速で引き返し、そのかいあって、今、本当にギリギリのところで「エルトリア軍夜襲部隊」の襲撃現場に駆けつけることが出来たのだ。





「構うな! 蹴散らせ!!」

 アレクがナユタに指示を出す。へクソン侯を狙うエルトリア軍は約100騎。


 シドニア率いる敵騎馬の小隊は約30騎。(彼の小隊は全部で500騎だが、今、先頭集団がようやく本隊の元へ合流したところだ)


 このまま数で押し切る。こちらにはナユタがいるのだ。


 何より、絶対にへクソン侯を逃がすわけにはいかない。


「了解!」

 ナユタが両手に曲刀を構え、立ちふさがる敵騎馬隊に突っ込む。


「ヒューゴ、行け!」

 シドニアが隻腕の副長に指示を出す。


「ハッ! お任せを!」

 ヒューゴ=マインツがナユタ目掛けて突撃する。


 ナユタ VS ヒューゴの一騎打ちだ。


「もらった!」

 ナユタが右手で神速の剣檄を繰り出す。


「シッ!」

 ヒューゴはダブルセイバーでこれを受ける。


「もう一本あるんだよ!!」

 ナユタが左手の曲刀を振り下ろす。


 両手剣を操るナユタの剣檄を、片腕の騎士が防ぐのは不可能だ。


 が……。


「ハァッ!!」

 なんとヒューゴは右手一本でダブルセイバーを巧みに回転させ、ナユタの二撃目を弾き飛ばした。


「このやろ!!」

 一瞬驚いた表情のナユタ。次の瞬間、両手の剣を縦横無尽に繰り出し、舞のような連撃を繰り出す。


 彼が得意とする、「千手(せんじゅ)剣」だ。


 だが……。


「うぉおおお!!」


 信じられないことにヒューゴは、ダブルセイバーを右へ左へ、上へ下へと振り回し、回転を加えながら、ナユタの千手剣をすべて防いでしまう。




「な、なんなんだアイツは!?」

 その様子を見ていたアレクは、驚いて目を見張る。


 あの(・・)ナユタの剣を防ぐのか……。しかも片腕で……。


 信じられない。こんな騎士が人間界にいるのか!?


「ま、まずい!?」


 ハッと我に返るアレク。


 ナユタは完全に足止めされている。このままではへクソン侯を討ち漏らしてしまう。


「クソッ!」

 アレクは魔力を収束し、へクソン侯の背中を狙う。


「エアロ!!」

 魔王お得意の風魔法だ。並の人間など真っ二つだ。


「やめろぉおおおおお!!」

 死を悟ったへクソン侯が絶叫する。


 だが、再び信じられないことが起こる。


「なっ!?」

 アレクが驚いて目を見開く。


 風魔法を撃とうとした彼の右腕が、凍り付いたように動かない。


 否。本当に凍り付いている。


 彼の右腕は、大きな氷塊に包まれ、ピクリとも動かすことが出来ない。


「フロスト、氷の初級魔法だ」


 そう静かに告げるのは、シドニア=ホワイトナイトだ。彼が放った氷魔法が、アレクの右腕を封じたのだ。


 おかげでアレクは魔法を撃ちそこなった。


「チッ!」


 パリィンという大きな音とともに、氷塊が砕け散る。むろん、あの程度の攻撃で、「魔王」にダメージなどない。


 が、「わずかな隙」が生じたのは事実。


「先頭の騎馬隊はへクソン侯を護衛しつつ直ちにこの場を離脱。後続は100騎ずつ別れ、『ダルタ人』と『風の魔導士』を封じろ!!」


 その隙に的確な指示を飛ばしまくるシドニア。後続の騎馬隊も到着し、一糸乱れぬ連携で、ナユタとアレク、それぞれの動きを封じにかかる。


「おぉ! よくやった! よくやったぞ!」

 心底ほっとした様子のへクソン侯は、そのまま護衛に囲まれて、一目散に逃走していく。


「アレク様!? ご無事ですか!?」


 アレクたちの異変に気付いたルナが、遠くから声をかける。


「ダイルン隊が敵総大将、ポロゾフ将軍を討ち取りました! すぐにそちらに向かいます!!」


 どうやら、「もう一人の大将首」、ユードラント軍総大将、ポロゾフ将軍は無事に討ち取ったようだ。


 そちらに向かっていたルナやダイルンも、間もなくアレクの元へ駆けつけてくる。


「チッ、『ぜい肉ダルマ』め、討たれたか……」

 シドニアが忌々しそうにつぶやく。


「ポロゾフ将軍戦死」の一報により、ユードラント軍に動揺が広がり始める。


「それにしても、奴がアレクか、なるほど道理で……」

 シドニアは一瞬、アレクの方を見つめ、何事か思案する。


 へクソン侯は盟主であるが、実際の軍の総司令官であるポロゾフ将軍が討たれてしまった。


 ここから巻き返そうにも、副将のラロッカ将軍は遥か彼方のカルデア城塞に閉じ込められていてここにはいない。


 局地的な戦局で見ても、今、アレクを救いにこちらに向かっている敵騎馬隊が数百騎。ヒューゴがダルタ人に足止めされてしまっている今、敵将アレクを討つには兵力が足りない。


 敵軍の残りは、ユードラント軍の「攻城戦兵器」や「兵糧」を破壊し、焼いて回っている。ユードラント軍の戦争継続能力を削いでいるのだ。


 時間が経てば経つほど「局地」的にも「戦場全体」的にも不利だ。


 そもそも、シドニアにとって、この戦争のユードラント軍の勝敗など、「どうでもいい」ことだ。


 それよりも、大切な部下たちを護り抜き、無事に帰国することの方が遥かに重要だ。


「ヒューゴ! 退くぞ! へクソン侯をお守りしつつ、戦線を離脱する」


「ハッ! シドニア様!」


「待て! この野郎!!」

 ナユタが息を切らしながらも、ヒューゴを追おうとする。


「ナユタ! 追うな!! 追撃不要だ!」

 アレクも自軍に指示を出す。


 盟主へクソン侯は逃がしてしまうことになるが、エルトリア軍として、戦果は十分だ。


 敵の指揮系統が混乱しているうちに、彼らを国外に敗走させなければならない。


「深追いは無用。直ちに撤収する!」


 こうして、エルトリア軍5千 VS ユードラント軍2万で開戦した「メルリッツ峠の戦い」は、大方の予想を裏切って、エルトリア軍の大金星という信じられない結末を迎えたのだ。


 だが、アレクにとって悲願の「へクソン侯討伐」はまたしても成らなかったのである。


 シドニア=ホワイトナイト、ヒューゴ=マインツ。


 まだ地に埋もれた「若き才能達」の活躍により、あと一歩のところで、エルトリア軍の「完全勝利」は阻まれてしまったのである。


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