第52話 メルリッツ峠の戦い②
「5千のエルトリア軍で、2万のユードラント軍を『野戦』で倒す!?」
アレクの提案に、一同目を丸くする。(ルナだけは、最初から分かっていたようで、静かに頷いている)
「し、しかし、4倍の兵力差で『野戦』とは、無謀すぎるのではありませんか?」
グレゴリー卿が不安要素を指摘する。
「いや、この状況で『籠城戦』に入ることの方が危険だ」
アレクが返答する。
「確かに、普通この状況ならたいていの軍略家は『籠城戦』を選ぶだろう。が、逆にいえば、それはユードラント軍も読んでいるということだ」
「スパイからの報告では、敵は攻城戦兵器を多数用意しているとのことだ。破城槌や攻城櫓、投石器やバリスタなど様々だ」
ユードラント共和国は武器輸出大国であるから、こういった「特殊兵器」の製造技術も優れている。
つまり彼らにとって、「攻城戦」は得意な戦争の一つなのだ。
敵の得意分野に付き合うのは危険というのが、アレクが「籠城戦」を却下する理由の一つだ。
そしてもう一つは……。
「『籠城戦』は長引く可能性が高い。今は5月の下旬だ。もうすぐ春の麦刈りと、二毛作の田植えの時期だ。当然、周辺住民には安全な場所まで退避してもらうが、戦争が長引けばこれらの農産物の生産に大打撃が出る可能性がある」
「あっ!?」
そう言うことである。籠城戦が2か月、3か月、半年と長引けば、いつまでたっても麦の収穫ができず、また「田植え」の時期も逃してしまうだろう。
エルトリア王国の経済にとっても、「籠城戦」という選択肢は望ましくないのだ。
なので、エルトリア王国としては、この圧倒的不利な状況で、何としても早期に敵軍を撃退する必要があるのだ。
「逆にいえば、敵も『長期戦』、『攻城戦』のつもりで準備してきているから、『野戦』の備えは薄い」
アレクが続ける。
「さらに、長期戦に備えての大量の兵糧や、破城槌や攻城櫓などの重くて大型の攻城戦用の兵器を運搬してこなければならないから、行軍の足も遅く、通行可能なルートも限られてくる」
さすがに攻城戦兵器は「分解」した状態で運搬してくるだろうが、それでも、大量の兵器を荷馬車や牛車で運ぶとなると、デメトール山岳地帯の急な山道を進軍することはできない。
必然的に、これを迂回するルートで行軍してくるはずだ。
「なので我々は、敵の迂回ルートで待ち伏せをして、行軍中のユードラント軍を急襲、せん滅する作戦を取るんだ」
アレクは地図を指さしながら告げる。
「決戦の地はデメトール山岳地帯のふもとを迂回して走る『メルリッツ峠』だ。ここで敵を『待ち伏せ』する!」
「すげぇぜ!」
ナユタが嬉しそうにガッツポーズする。
「し、しかし、敵は当然、斥候隊やスパイを放ってくるでしょう。いくら何でも、それらにバレずに待ち伏せをするのは不可能ではないですか?」
ダイルンがもっともな疑問を呈する。
「あっ、そっか! オイオイ、アレク隊長、大丈夫かよ?」
ナユタが素っ頓狂な声を上げる。
「あぁ、間違いなくバレるだろうね。だから、当初、籠城戦で使う予定だった『2つの砦』をうまく利用するんだ」
アレクは、メルリッツ峠を南に下ったところにある、レンテン砦とカルデア城塞を指さす。
「と、砦を利用、ですか……」
「あぁ、それじゃあ、具体的な作戦を説明するよ」
アレクはそう言って、皆に作戦を説明し始める。
「な、なるほど……」
「やっぱすげぇぜ、隊長!」
「鍵は上手く『分断』できるかですな」
「あぁ、この作戦が上手くいくように、今から俺とルナは『協力者』を募ってくる。それまでの間、本陣のことを、よろしく頼むよ」
「ハッ!」
第4歴1299年5月20日。朝。デメトール山岳地帯の山小屋。
「ハッ、魔王様、確かに承りました」
黒髪の美女、クロエ=フォーゲンリッターが敬礼する。一人目の協力者とは、クロエのことなのだ。
「成功した暁には、ご褒美にルナリエお嬢様の熱いベーゼを賜りたく……」
「バカ言ってないでさっさと行きなさい」
「そんな!? クロエはお嬢様に拒絶されたショックで胸が張り裂けそうです。嗚呼、でもそのつれない態度が、クロエの欲情をどうしようもなく刺激して……」
「……」
何やらじゃれあっているようだが、気にしてはいけない。とにかく、協力者の一人目は無事に確保できた。
その日の午後、アレクたちはバーク街道沿いに建てられた「捕虜収容施設」にやってきた。ここにもう一人の協力者がいるのだ。
アレクとルナは、収容施設の地下へと向かう。
「これはこれは、宰相アレク殿ではありませんか。私のような『負け犬』に何か御用でしょうか?」
ある独房の前、アレクが足を止めると、中にいた人物が彼に話しかける。
「オルデンハルト卿、君に頼みたいことがある」
牢の中にいる人物は「オルデンハルト卿」という。彼は、王女派と大貴族派の軍が激突した「クレイド平原の戦い」の際に、大貴族派の傭兵団長だった人物だ。
アレクが「クロスボウ隊と馬防柵」を活用して敵を嵌めた際に、最前線で指揮を取っていた彼は落馬、重傷を負い、そのままエルトリア軍の捕虜となったのだ。
「上手くいけば、君を開放し、エルトリア軍の将官として迎え入れると約束する」
「ほぅ、して、私は一体何をすればよいのですか?」
こうして、アレクは二人目の協力者を得て、着々と開戦に向けての準備を整えるのであった。
兵科紹介⑥
攻城櫓
攻城塔、井闌車、ブリーチング・タワーなどと呼ばれることもある、要塞攻略用の巨大な攻城戦兵器。車輪のついた木造移動式やぐらで、やぐらの内部や屋上に多数の兵を収容可能。牛や馬(魔王国ではトロールを使役する場合もある)にやぐらを引かせ、敵軍の城壁に横付けし、そのまま城壁に乗り移って制圧することを目的に運用される。やぐらが燃やされないように鉄板で覆ったり、制圧力を高めるためにクロスボウや投石器を取り付けたりと様々なバリエーションのものが存在する。
攻城戦というのは、「城壁をよじ登って乗り越え、中から扉を開ける」あるいは「城壁を破壊して、城内になだれ込む」のが基本の戦術になるが、攻城櫓は当然「城壁をよじ登る」ための兵器。梯子やロープを使って城攻めを行うより、遥かに効率的であり、かつ非常に強力であることは言うまでもない。反面、分解したとしても運搬が非常に困難である点、投石器や魔法攻撃によりやぐらが破壊されるリスクなど、巨大であるが故の弱点も多数ある。