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第50話 魔王様、情報を買う

 第4歴1299年5月19日。14時過ぎ。

 穏やかに晴れ渡る午後の陽気とは裏腹に、不穏な雰囲気をまとった黒いローブの男が、こっそりとバルマ砦に入城した。


「来たか……」

 報告を受けたアレクは、ルナ・グレゴリー卿とともに、その男に面会する。


「お久しぶりでございやす。ダンナ」

 男はローブを取り、数本歯の抜けた口をむき出しにしてにやりと笑う。


「ダンナがお望みの、とっておきの情報をつかんで来やしたぜ」


 この男の名はギャズ。


 以前・エルトリア王国がユードラント共和国から武器を購入した際に、仲介役を務めた武器商だ。


 もっとも、今日買うのは「武器」ではなく、「情報」だ。


「共和国政府は、まさかエルトリア王国があんな『一方的な要求』を飲むとは思っていなかったようですぜ。どうやら最初っから、何かと理由を付けて宣戦布告し、エルトリア王国に侵攻するつもりだったようです」


「やはりか……」

 アレクが苦い顔で呟く。「悪い予感」が的中してしまった。 


 賠償金を支払え。武器・農産物を大量購入しろ。とのユードラント共和国の一方的な要求を、一旦は受け入れたエルトリア王国であったが、一連の騒動にどうにも不審なものを感じたアレクは、以前知り合っていたユードラント共和国の武器商ギャズに多額の裏金を握らせて、かの国の動向を調査させていたのだ。


 このギャズという男、金の亡者であり、一切信用できる男ではない。だが、逆に、金の亡者であるからこそ、金を積めばあっさりと祖国を裏切り機密情報を売り渡してくれるのだ。


「先日の要求は『空振り』に終わりやした。しかし、共和国政府が、そんなもんでエルトリア王国への侵攻をあきらめるはずがありやせん。せっかく軍を興したのに、略奪も『領土のぶんどり』もせずに解散しちゃ、あちらさんとしては『大損』ですからね」


 そう言うことだ。兵の招集、軍馬・武器の補充・兵糧の確保などなど……。軍を興して「戦争準備を整える」だけでもかなりの金額がかかるのだ。せっかく万全の体制を整えておきながら何もせずに解散することは考えにくい(侵略目的の興軍であったのならなおさらだ)


「それで、ユードラント共和国は一体全体どういった理屈でエルトリア王国に侵攻するつもりなんだ?」


 アレクはギャズに問いかける。まだ開戦まではほんのわずかに余裕がある。敵の「開戦理由」をなんとか封じ込めることができれば、ギリギリのところで戦争を回避できるかもしれない。


 しかし、そんなアレクの期待は、ギャズの言葉によって砕かれた。


「それが……。今回侵攻してくるのは『ユードラント共和国』じゃないんすよ」


「何だって!?」

 ギャズの報告に一同目を丸くする。


「いやいや、実質は『ユードラント共和国』の軍隊ですぜ。ただ、建前上は『エルトリア愛国解放戦線』なんです」


「な、なんだそのふざけた名前の軍隊は!?」


 グレゴリー卿が怒りを露わにする。


「だ、ダンナが怒るのはもっともです。しかし、『理屈は通る』んすよ。なぜならこの『エルトリア愛国解放戦線』の盟主は、エルトリア王国から亡命した『ヘクソン侯』なんですから」


「な、なんだって!?」

 再びエルトリア軍司令部の面々に衝撃が走る。


 へクソン侯。


 かつて、ベルマンテ公とともにエルトリア王国の国政を牛耳っていた大貴族派の主要メンバーの一人だ。


 王女派と大貴族派の軍が激突した国内最大規模の紛争「クレイド平原の戦い」で取り逃がしてしまった人物でもある。


 戦争後、ずっと行方不明となっていたが、どうやら隣国のユードラント共和国に潜伏していたようだ。


「もうお分かりっすね。へクソン侯はアレクのダンナに、国を乗っ取られたと主張していやす。それに同調したユードラント共和国が軍を貸し出す、そういう『筋書』で連中は今回の侵略を正当化するつもりなんすよ」


「そ、そんなメチャクチャな理屈で……」

 ルナが呟くのをアレクが制止する。


「そうっす。別に理由なんて後付けでどうとでもなるんすよ。ユードラント共和国は『兵を貸しただけ』それで何をするかは、へクソン侯次第っつうわけです」


 ギャズがにやりと笑う。


「失敗したら、『軍部』あるいは『特定の議員』が独断でやったことだと切り捨てるつもりでしょう」


「……」


「ユードラント軍、いや、エルトリア愛国解放戦線は全軍で2万の大軍だそうですぜ。いくらダンナでも、こいつはちょいと厳しい……」


 そこまで言ってギャズは「言い過ぎた」と思ったのだろう。慌てて口をつぐんだ。


「報告ご苦労、ギャズ。約束通り、成功報酬は前金の10倍支払う」

 何事もなかったようにアレクは彼に告げる。


「へへっ。毎度、今後ともご贔屓(ひいき)に」

 ギャズはそのあと、「その機会があればね」とでも言いたげな顔をして退出していった。


「ルナ、今のギャズの話は信ぴょう性が高いと思うがどうだい?」

 アレクがルナに尋ねる。


「ハイ、我が軍がユードラントに放っているスパイの報告と、軍の規模・展開している場所等一致します。恐らく『本当』である可能性が高いと思われます」


 ルナが報告する。彼らは当然、ギャズの話を鵜呑みにするほど間抜けではない。別のソースからの情報と照合して、今回の情報は信ぴょう性が高いと判断したのだ。


「しかし、まさかヘクソン侯が相手とは……」

 グレゴリー卿が驚いた様子で呟く。


 敵側の「盟主」がヘクソン侯であるという情報は、エルトリア王国も掴んでいなかった。(というか、ユードラントの一方的な要求をエルトリア王国が「飲んだ」から別な開戦理由が必要となり、急遽として彼を盟主にすげた(・・・)のだろう)


「それでアレク殿のご判断は……」

 グレゴリー卿がアレクに意見を求める。


「俺は……」

 アレクは一瞬、何事かを考えるように沈黙していたが、すぐに決心したように全員に告げる。


「残念ながら、もはや外交での解決は不可能だ。開戦は不可避と考える」


 ユードラント共和国は、わざわざヘクソン侯を矢面に立たせてまで戦争を強行しようというのだ。そこまでして(・・・・・・)エルトリア王国に侵攻しなければならない理由は不明だが、少なくとも、そこまで準備をしているなら、何が何でも開戦に踏み切るだつもりなのだろう。


 無論、最終的な決定は、シルヴィやウォーレン侯をはじめとする、いつもの(・・・・)メンバーによる会議でなされる。


 が、軍部としては開戦に備え、今、この瞬間から準備を開始することとなる。


「ルナ、ダイルンに連絡、通常訓練の停止および全部隊をバルマ砦に集結させるよう通達を」


「ハイ! 北部のユードラント側への警戒任務にあたっている部隊はいかがしましょうか?」


「呼び戻すのは二度手間だな……。付近の砦や城塞で待機するように通達を」


「ハイ!」

 ルナが退出する。


「グレゴリー卿、私はこれからエルトリア城に登城し、状況を報告してきます。その間、バルマ砦で陣頭指揮および情報収集をお願いします」


「ハッ! 仰せのままに!」

 グレゴリー卿が敬礼する。


 かくして、新生エルトリア王国にとって初となる、中央六国同士の戦争へと突入していくこととなったのである。






 お待たせいたしました。前回の戦争篇から約一か月も経過してしまいましたが、ついに次回から、新たなる戦争篇に突入いたします。お楽しみに!


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