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【2】窓ガラスに映るもの

 すみません。と、バックミラー越しに顔見知りの運転手に軽く会釈をして、程々に混雑しているバスに乗り込む。

 通常はガラガラな田舎の路線バスも、さすがに朝のこの時間帯は空いている座席はない。

「おっはよー。朝から熱いね、ご両人!」

 ドアが閉まるなり、クスクス笑い混じりの冷やかしの声が飛んできた。

 視線を巡らすと、いつもの最後部の指定席で、クラスメイトで亜紀の親友の白井早苗しらいさなえが、ニヤニヤ笑いを浮かべながら楽しそうに手招きをしている。 

「見てたな?」

 亜紀が照れ隠しにドスン――と、自分の鞄を早苗の膝の上に勢いよく乗せると、早苗は小型犬の様な愛嬌のあるクリクリした瞳に好奇の色を浮かべて、『ふっふっふっ』と、人の悪い笑顔を作る。

「うん。しっかり見てたよー。あのまま熱い抱擁に突入! かと思った」

「あほか」

 少女漫画や携帯小説じゃあるまいし、ただの幼なじみな関係で、いきなりそんな事になるか。

 亜紀はちらりと、隣でニコニコして、自分たちの会話を聞いている健一の表情を確認する。そこには、いつも通りの憎たらしい位の笑顔があった。

 ――ほら。私がドキっとしたほど、何にも感じちゃいないよ。この唐変木は。

「ん? なに?」

 強い視線に気付いて、健一が亜紀の方に顔を向ける。浮かぶ表情は、あくまで『スマイル』。

「帰りのマック、忘れないでよね」

 なんだか、妙にむかっ腹が立ってきた亜紀は、口をとがらせてさっきの約束という名の命令を繰り返した。

「分かったよ」

 何で嬉しそうなのよ。

 何か一言、憎まれ口を聞いてやろうと亜紀が口を開きかけた時だった。

 グラリ――と、文字通り、世界が揺れた。 

「な……!?」

 一瞬の無重力感。

 それを感じた刹那、鼓膜を破るような衝突音と共に、逆らい難い大きな力で身体が前にはじき飛ばされる。つり革に捕まる手は、何の枷にもならなかった。

 まるでスローモーションのように、身体が中空を舞う。それを、どこか他人事のように亜紀は感じていた。

 飛び散った窓ガラスが体中に突き刺さり、言葉ににならない悲鳴が方々で上がる。今までに感じたことが無い衝撃が、亜紀の体を突き抜けた。

 阿鼻叫喚の悲鳴が飛び交う中、亜紀はどうする事も出来ずに、ただ圧倒的な力に翻弄されていた。

 一瞬とも、永遠とも思える時間の後、不意に体の動きがが止まった。

 ――何ガ、起コッタ、ノ?

 痛みは、不思議と感じない。ただ、静寂が亜紀を包んでいた。

 ゆっくりと目を開ける。

 額が切れているのか、血が目に入って、右側が赤く霞んでよく見えない。

 左目を凝らしてみると、天井に昇降用のドアが見えた。窓ガラスには、蜘蛛の巣状にヒビが入り一部は割れ落ちている。そして、壁からは、座席が生えていた。

 ――バスガ、横倒シニナッテル?

『交通事故』にあったのだろうか。

 亜紀はその時、朦朧として見ていた天井の窓ガラスに、妙にはっきりと、何かが映っていることに気が付いた。

 エッ? ……私?

 そこには『亜紀自身』が映っていた。

 まるで、鏡に映したようにはっきりと、ひび割れた窓の向こうで、驚きの表情を浮かべ『自分』を見ている『自分』。

 窓ガラスに反射しているのではなかった。だったら、こんなにはっきりと見えるはずがない。 

 そう、それはまるで、無声映画を見ているように、どこか非現実的な空間――。

 急速に五感を回復し始めた亜紀の嗅覚に、きついガソリン臭が突き刺さった。頭の奥に危険信号が、チラチラと灯る。

 逃げなければ。

 危険だ。

 健一。

 早苗。

 ど……こ?

「う……あ……」

 必死で二人を呼ぼうとするが、声帯が機能していないのか、音声にならない。 

 ボッと言う着火音が遠くで上がった。

 瞬間、深紅に染まる視界。熱風が、体中の皮膚という皮膚をなめ回す。でも、体が動かない。

 このまま、死んでしまうの?

 死にたくない。

 このまま死にたくない。

 だれか、助けて!

 

 そして、亜紀の意識は、逆巻く紅蓮の炎の中に遠のいて行った――。 



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