日常と聖女の存在
戦いから数日が経った。
街には、日常の空気が戻ってきた。
瓦礫は片付けられ、商店は再開し、子どもたちの声が通りに響く。
私は、王城の庭で民と共に歩いていた。
守るための拳は、もう振るう必要はない。
しかし、握ったままの拳は、民に安心感を与える。
「聖女様!」
市場の小さな商人が、軽やかに手を振る。
先日、私が殴ったことで救った商人だ。
少し大げさに拝むその姿に、思わず肩をすくめて笑う。
「……もう、殴りませんか?」
団長が、小声で尋ねる。
私は微笑みながら、手を軽く開く。
「今日は、休戦です」
民も兵も、笑みを取り戻していた。
だが、街のあちこちで、まだ小さな争いが起きている。
喧嘩や口論、些細なトラブル。
私は、懐かしい感覚で拳を握る――でも、今回は、暴力よりも言葉で制す。
「おい、勝手に列に割り込むな!」
市場で、子どもが騒ぐ。
私は小走りで駆け寄る。
「どうしたの、二人とも」
少年二人が睨み合っていた。
お互いに負けられない気持ちが、こわばった表情から見える。
「列は守らなきゃダメだろ!」
片方が怒鳴る。
「だって、僕だって――!」
もう片方が言い返す。
私は拳を軽く握る。
しかし、暴力は使わない。
代わりに、視線で制す。
「喧嘩は、拳で解決するんじゃない」
低く、でも確実に響く声で言う。
二人は、しばらく黙る。
そして、しぶしぶ手を離し、列に戻った。
「……聖女様、すごいですね」
少年が小さくつぶやく。
私は、肩をすくめて笑う。
「……たまには、手加減も必要なんです」
団長も小さく笑った。
以前なら、拳で制圧していた状況だ。
しかし、守るための暴力は、時と場合を選ぶものだと、民も私も学んだ。
その日の夜。
王城の塔の上で、静かに星を見上げる。
戦いの後も、守るべき人々は変わらない。
守る意思を持つ拳は、いつでも準備している。
城下町では、子どもたちが私の話を聞きたがり、民は笑顔で日常を取り戻していた。
拳の存在は、暴力ではなく、安心をもたらす象徴になった。
「聖女様……」
民の一人が近づく。
笑顔で言った。
「いつでも、私たちを守ってくれるんですね」
私は、深呼吸して拳を開く。
力を振るう必要はない。
でも、握る意思は失わない。
夜空に瞬く星々。
私の拳は、守る意思そのもの。
裁きのための拳でもあるが、民を安心させる盾としても存在する。
戦いは終わったが、聖女としての日常は続く。
守ることも、裁くことも、笑いも、涙も、すべて私の拳と共にある。
静かに微笑む。
この街を、民を、そして未来を守るために――
聖女は拳を握り続ける。
それは、暴力ではなく、希望の象徴として。




