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聖女たるもの見過ごす訳には参りません  作者: 櫻木サヱ
聖女のやり方が、他国や王権に目を付けられる

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英雄は、前に立たない

作戦開始は、夜明け前だった。


 空は低く、雲は重い。

 視界は悪く、音が吸われる。


「……配置、完了です」


 伝令が、緊張した声で報告する。


「予定通りですか」


「はい。聖女殿が、先頭に――」


「変更します」


 私は、即座に言った。


「……は?」


 司令官が、目を剥く。


「命令は、私が先頭に立つことだぞ」


「ええ」


 私は、頷いた。


「先頭には、立ちます」


「なら――」


「ですが」


 一歩、踏み出す。


「一番前ではありません」


 空気が、凍る。


「……どういう意味だ」


「盾になるのは、私じゃない」


 地図を指差す。


「ここ」


「ここに、医療班と退路を置く」


「兵は、三列に分ける」


「前列は、突破役」


「中列は、援護」


「最後列」


 一拍。


「私です」


 司令官が、怒鳴る。


「ふざけるな! 士気が――」


「上がりますよ」


 静かに言った。


「私が、最後に殴るから」


 沈黙。


「逃げ遅れた兵がいたら」


「突破できなかったら」


「敵が、背後に回ったら」


 拳を、握る。


「全部、私が止めます」


 団長が、ゆっくり頷いた。


「……理に、適っています」


「聖女を、前に出すより」


「守られる実感が、残る」


 司令官は、歯噛みした。


「……好きにしろ」


 作戦は、動いた。


 戦闘。


 前列が、押す。

 中列が、支える。


 そして。


「……後退!」


 声。


 負傷兵が、下がってくる。


「大丈夫ですか」


 私は、即座に動いた。


 殴る。


 止める。


 押し返す。


 敵が、こちらを見て気づく。


「……後ろに、いるぞ」


「聖女が……!」


 遅い。


 前に立たない英雄は、

 気づかれた時には、近すぎる。


 拳。


 衝撃。


 恐怖。


 私は、静かに仕事をした。


 叫ばない。

 煽らない。


 ただ、誰も通さない。


「……突破、成功!」


 伝令の声。


 兵たちが、次々に戻ってくる。


 私は、最後まで残った。


 誰も、置いていかない。


 戦闘終了。


 霧が晴れる。


「……被害、最小です」


 団長が、息を吐いた。


 司令官は、言葉を失っていた。


「……英雄だ」


 誰かが、呟く。


 私は、首を振った。


「違います」


 兵たちを見る。


「私は、後ろにいただけ」


 沈黙。


 その意味が、ゆっくり伝わる。


 前に立つ英雄は、目立つ。


 後ろに立つ存在は、

 気づかれない。


 でも。


 守られた人間は、知っている。


 夜。


 陣地の端。


「……檻、壊しましたね」


 団長が言う。


「ええ」


 私は、手袋を外す。


「英雄は」


 拳を、開く。


「前に立つもの、

 って決まりはない」


 遠くで、兵たちが笑っている。


 それで、いい。


 私は。


 殴る聖女でいい。


 ただし。


 誰かの盾として、

 殴る聖女でいる。

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