第6話 春、そして出会い③ 偉大な先輩たち
勇気を出して放った言葉が、思いもよらぬ形で空気を変えてしまう。
この章は、タイチが“自分の小ささ”を痛感する瞬間。
それでも、彼の中の風は止まらない。
ここから“憧れ”が“覚悟”に変わっていく。
ドアが、まるで爆発したみたいに開いた。
「よぉ、その大きな声、外まで聞こえてきたぜ」
低く響く声。
廊下の向こうから、サングラスの男が歩いてきた。
「いきなり“優勝します”だと? ……上等じゃねえか。
けど言っとくぞ。去年、ウチが地区大会“準優勝”だったのを知ってて言ってんだろうな?
ーー新入り」
その瞬間、空気がピキリと張りつめた。
(じ、準優勝……?)
(え、まって、そんな強豪校だったの!?)
頭の中が真っ白になる。
源さんから聞いていたのは“そこそこ強い進学校”。
なのに現実はまるで違った。
(オレ、やっちまった……)
冷や汗がつうっと背中を伝う。
勢いで言った“優勝します”の一言が、まるで時限爆弾みたいに空気を爆発させていた。
目の前の男は、あのとき廊下でぶつかった人物。
がっしりした体格に、野獣みたいな眼光。
サングラス越しでも伝わる圧。
まさに“現役のエース”の風格だった。
「それ以上はやめろ、リュウ」
低く、落ち着いた声が割って入る。
声の主は、さっき“主将”と呼ばれていた人物だ。
フワッとした髪にタレ目。
けれどその奥にある瞳は、穏やかさの中に確かな熱を宿していた。
「落ち着け。投手として、それくらいの気概はあっていいだろう?」
「でもよ、ヒカル!」
エースとキャプテンの火花が散りそうになった、そのときーー
「おいおい、リュウジもヒカルもそんな怖い顔しないでさ〜」
間延びした声が、空気をふっとやわらげた。
サラリとした前髪を指先でくるくるいじりながら、
にやっと笑う長身の男が割って入ってきた。
「見てよ一年生たち、完全に固まってるじゃん。ね? もうちょっと和やかに行こうよ〜。
あっ、俺二年の水城 聖斗。気軽に“ショート先輩”って呼んでね〜♡」
軽い口調なのに、周囲の空気が少しやわらいだ。
タイチの胸の鼓動は、まだ収まらないまま。
(この人……まるで別の世界の人たちみたいだ)
(リュウジ先輩、ヒカル先輩、ショート先輩。どの人も“本物”のオーラがある)
その中に立つ自分が、やけに小さく思えた。
まるで憧れていたグラウンドを、いきなり“上から”見せられたような気分。
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「さっきはリュウがすまなかったね、タイチ君」
ヒカル先輩が穏やかに笑って近づく。
その笑顔には圧も棘もない、ただ真っ直ぐな温度があった。
「彼は土門 龍二。チームのエースだ。
そして僕は、このチームの主将ーー天王寺 光琉。捕手をやっている。よろしく頼むよ」
差し出された手を握った瞬間、思わず息を呑む。
優しい声なのに、その手は分厚く、硬く、温かい。
(……この人たちは、“本気”で野球をしている)
オレの軽い“優勝します”なんて言葉じゃ届かない、
とんでもない世界に踏み込んだんだとーーその時ようやく気づいた。
「夢を語る」と「現実の中で戦う」ことは、似ているようでまるで違う。
タイチはここで、初めて“覚悟”という言葉の重さを知る。
でもこの緊張こそが、彼を強くする最初の風。
次回ーーその風が少しずつ仲間を巻き込み、
“チーム”という名の物語が動き出す。