第8話 紅白戦 挑め先輩に①
紅白戦、開幕。
一年生・タイチはチームの先頭バッターとして、
地区準優勝チームのエース・リュウジ先輩と初対峙する。
それは、恐れと憧れのはざまで始まる“風の物語”の第一歩だった。
久しぶりのバッターボックス。
スパイクで踏みしめた土が、ずしりと足の裏に重たく伝わってくる。
心臓がーードクン。
息を吸うたびに、胸の奥が熱く膨らんでいく。
マウンドには、地区準優勝チームのエースーー土門リュウジ先輩。
その背中は太陽を遮るように大きく、どこまでも揺るぎなかった。
キャッチャーミットを構えるのは、主将・天王寺ヒカル先輩。
ゆるぎのない姿勢、獲物を狙うような眼差し。
まるでプロの試合を見ているみたいな圧力が、グラウンド全体を包み込んでいた。
(……これが、“本物”の投手と捕手の迫力か)
リュウジ先輩の右腕がしなやかにしなり、
ボールが空気を切り裂く。
ーーズバァンッ!!
耳を裂く音。
気づけば、ミットが鳴ったあとだった。
目で追うことすらできない。
視界に残ったのは、白い線の残像だけ。
そして三球目――
風を切るような軌道が、オレのバットを空振りのまま通り抜けた。
「ストライク、スリー!」
三振。
「……はやっ」
つい、声が漏れた。
バットを下ろしたまま、オレは立ち尽くしていた。
でもーー負けた気はしなかった。
悔しさよりも先に、胸の奥で何かが“点いた”。
「やっぱ、すごい……」
外から眺めるリュウジ先輩の投球は、一球ごとに“気迫”と“技術”が混ざり合っていた。
そして何よりーーそのボールを正確に受け止めるヒカル先輩の捕球が、美しかった。
投げる者と、受ける者。
言葉はいらない。
二人の間には、確かに“野球”が流れていた。
(……いつか、オレの球も、あの人に捕ってもらいたい)
その想いが胸の奥で静かに芽を出した、その瞬間ーー
「一年生チーム、キャッチャーがいないらしい」
「じゃあ、僕が受けよう」
軽く言いながら、ヒカル先輩が立ち上がった。
その声だけで、ざわめいていたグラウンドがぴたりと静まる。
「え……ヒカル先輩が、オレの球を!?」
胸の鼓動が跳ねる。
まるで夢みたいなチャンスが、いきなり目の前に落ちてきた。
マウンドに立つオレの足元で、土がきしむ。
心臓の音が、リズムを刻むみたいに鳴っている。
視線の先ーーキャッチャーマスク越しのヒカル先輩が、
静かに手を構えた。
「……さあ、見せてもらおうか。タイチ君の“風”を」
その言葉が、空気を震わせた。
息を呑む。
指先が熱い。
掌の中のボールが、まるで生きているみたいに脈打っている。
(……見せてやる。オレの全力を)
風が吹き抜けた。
グラウンドの砂が舞い上がり、空へと弧を描く。
この瞬間、オレの高校野球がーー本当にはじまった。
三振で終わった打席。
でも、タイチにとってそれは「始まりの三振」だった。
誰かに打ち砕かれることで、初めて見える景色がある。
そしてその先で出会う“本物”の仲間たちが、
彼に本当の風を見せてくれる。




