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瑠璃の女神一凛  作者: 桃巴


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大義①

 その一行は三又の道で止まっていた。どの道もブリアに続く道である。


「全く嫌だわ!」


 女は不機嫌な声を出した。


「シオン、歩かなきゃいけないって」


 女はギロリと輿を見る。ここまで乗ってきた車輪の輿は、何度もぬかるみに填まり、先程その車輪が動かなくなってしまっていた。


 三又の道の前でのこと。


「ちょうど良いではないですか」


 シオンの守り人が発言した。


「ここから三手に分かれましょう。もしも追っ手が迫っても欺けるように」


 あの王間で、アリッサムを見下すように見ていたブリア側の臣下である。女が信頼をしている臣下である。


「折角、シオン様を見繕ったのですから」


 そう言って、幼い用人に視線を向けた。そうである、見繕ったとは用人のこと。女も同じように視線を向けた。


「ああ、そうだったわね。フフ、あんたは私」


 女は自分に似かよった用人の女に、つと近寄る。用人の女はオドオドと身を縮こませた。


「ちょっと! あんたは私の身代わりよ! そんな不様は許さないわよ!」


「ヒッィ」


 用人の女は、その叱責に悲鳴を上げた。さらに叱責するかと思いきや、その様に自身の優位性に満足したのか、


「……まあ、良いわ。フフ、シオン。この女と行きなさい」


 と、我が子を女に差し出す。


「いいか! 命をはって守れ!」


 女は用人の耳元で大声で命じた。用人に隙間なく詰めより、圧をかける。


「ご安心ください。私が守ります」


 そこに割って入ったのは、シオンの守り人である。女は眉をピクンと上げる。


「何を言っている? 守り人が居るは、その守る存在を確定してしまうこと。そなたは、あえてシオンから離れねばならん」


 なるほど、女の言い分は至極全うである。だが、これには守り人も意見せざるを得ない。守り人であるからだ。


「ですが、私は守り人です。シオン様から離れるは守り人にあらず。どうか、随行させてくださいませ」


 女は少し考える。しかし、ハッとその顔が動き、そのままニヤリと変わった。


「何を言う? 守り人が離れた王族が居ったではないか。のお、わからぬか?」


 女は何を言っているか? 守り人は最初はわからなかった。しかし、守り人もハッとする。その表情を確認し、女は告げる。


「あの醜き瑠璃の守り人は、離れたぞ。して、あの醜きは命を救われたのだ」


 守りは苦悶の表情に変わる。


「ですが……」


「追っ手はそなたの方に向かう。故にシオンも私も助かるのだ。そなたは、守り人。守ってくれ」


 女に言いくるめられ、守りは頷くしかなかった。その瞳は地を見ている。憎悪、否そうではない。守り人の口角は上がっている。鋭意なその瞳が女の足元を睨んでいる。しかし、上げたその顔は、精悍になり見事に忠臣の顔となった。


「では私が、進むに安易な道を行きましょう。シオン様は険しいですが下りの道を」


 守り人は道の選択は譲れないとばかりに、指示を出していく。用人の女にソッと耳打ちする。


「シオン様をはまだ幼い、滑らないようにゆっくり進め」


 用人は頭を何度も縦に振った。


「では私は登りかえ?」


 女は鬼の形相で守り人を見る。


「申し訳ありません。ですが、一番短い道のりです。先にブリアでお待ちください」


 女は短い道のりと聞いて、頬が緩んだ。


「よし、では用人を振り分けよ」


 女は勇んで命じた。


 ……


 ……


 シオンは険しい下りの道。

 女は短いが登り道。

 守り人は平坦な安易な道を。


 追っ手とはもちろんグラジオラスである。城はすでに攻めいられ、我々を追っていると女の一行は思っていた。確かに、ヒュウガは追っ手を出した。カズサの隊である。しかし、城は陥落していない。


 アリッサムが指揮をとり、ヒュウガと対峙しようとしていた。グラジオラスの本隊がブリアに向かうは、アリッサムを陥落させてからだ。カズサに出した指示は、『安穏の時を与えよ』であった。つまり、カズサはただ、本隊が合流するまで後をつけるだけ。


 さて、カズサはすでに後にいるのか?


 否、土地勘のないカズサにとって、ブリアの一行に追い付くのは容易ではなかった。


 三又の道、


 ブリアの一行が分かれて出立し、かなりの時が過ぎた後、そこに到着したのだった。




「三又か」


 カズサはそれぞれの道の痕跡を注視した。どの道も痕跡がある。


「さてと……」


 カズサは配下に合図を送る。それに応じ、配下が引き摺り出したのは、


「さて、訊こう。王はどの道を行った?」


 ズサッと倒れたその者。城にギリギリまで居座った、ブリアの者である。倒れたと同時に懐から、ガチャリと何かが転がった。


「まだ隠し持っていたか」


 カズサはそれを拾い上げた。城を飾っていた宝飾品だ。


「逃げ遅れ、我らに捕まり、折角かすめ取った宝も失って、さて、最後には何を差し出すか?」


 カズサは、その者の目を見据えて言った。


「も、もう、何もありませんです!」


 カズサはうんうんと頷く。その顔は優しく笑んでいた。その者は、ほっとした表情になる。しかし、


「答えになっていないよ? 俺は、どの道を行った? と、何を差し出すか? って訊いたぞ」


 優しく笑んだまま、スーッと剣を引き抜いた。剣を陽にかざし、


「この戦であまり使ってないから、よく斬れるはず」


 軽やかな声だ。その者……ブリアの者は、ガタガタと震え出す。


「あ、あ、あの、グフッ」


 あまりの切迫した緊張故か、ブリアの者は込み上げる吐き気を、抑えられない。


「答えてくれればいいんだぞ。どの道がブリアに続くのだ?」


 カズサの軽やかさは失われていない。静かな脅迫ほど、人は極まった恐怖を感じるのだ。




 その様子を三人の古狸が見ていた。ガロの隊を離れ、ブリアの死に体を見届けにきたあの三人である。


「……若いのぉ」


 ひそひそと話す。


「して、あのブリア人はどの道を指すか?」


 三人ともに見つめるその先で、ブリア人は腕を上げた。


「おっ、指さしたぞ」


 三人の視線が真ん中の道に動く。指がさされた道に。そして、グラジオラスの一個隊はその道に進みだした。


「……さて、我らも行こうぞ」


 隊の姿が遠く離れた後、三人は三又の道の前に立った。三人がそれぞれの道を確かめる。


「なるほど」


 一人が発すると、残りの二人はうんうんと頷く。


「先ずは、シオン様を」


 三人の古狸は、左の道に向かっていく。シオンが進んだ険しい下りの道に。答えは簡単だった。


「子供の足跡がないは、この道のみ」


 先頭の狸は愉しげだ。


「真ん中の道は、随分大勢の痕跡だったな」


「あれで欺いたつもりなのだろう。だが、グラジオラスには有効であったな」


 会話しながらも、三人は駆け足で下っていく。三又の道で、馬は置いてきた。下りの道では使えないからだ。


「登りはあの方だ。さて、どうなることやら」


 三人の顔に笑みが走る。死に体を見届けにきた三人の顔に。

次話更新明日予定です。

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