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X⇔Yシフト ~2050年から来た者だが、2030年に全人類の性別が裏返るので生き残り方を置いていく~  作者: 団田図


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レポート4 強制転移現象

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[STATUS: CONNECTED TO HISTORICAL NETWORK ARCHIVE / TEMPORAL SECTOR-2026]

[TIMESTAMP: 2050-06-23T24:2:41.871-UTC]


---


現在、私がいるところは2050年の冷たい研究所である。

足元で「個体番号01」が鳴いている。私が20年前から飼育している、御年20歳になる超長寿の老猫だ。私的なペットではあるが、私の研究に必要不可欠な助手として登録し、研究所への入館許可をもらっている。

現在、この個体の食事は、国家予算クラスのAIに成分配合を演算させた特製の高級ペースト食である。老化した内臓に負担をかけず、最大限の延命を図るための完璧な設計だ。だが、彼はその「温度が気に入らない」と、私に足元から要求を突きつけている。全く非合理的な生物だ。栄養素は完璧に計算されているというのに、温度という微小な変数に執着し、それが満たされるまで抗議を続ける。


私は「全く非合理的な生物だ」と思いながらも、湯煎でペースト食を適温に温め直す。要求が満たされると、個体番号01は満足げにそれを舐め始め、私の足首に身体をすり寄せてきた。

皮膚越しに伝わってくる、規則正しい柔らかな鼓動と、生命特有の温かい熱。

その明確な「生」の感触が、私の脳内にある過去のアーカイブを強制的に引きずり出す。


2030年7月1日、午前9時過ぎ。事象発生の直後。

たった30秒で完全な女性の身体へと変貌した私の相棒、亮平は、ロビーの床に崩れ落ち、自身の腹部を掻き毟りながら絶叫していた。


「痛い、腹が、腹が、割れる……ッ!!」


声帯が変わり、高く震える女性の声となった彼(女性)の腹部は、ワイシャツの下で異常な速度で膨張を始めていた。

それは、病的な腫瘍の成長や、ガスによる膨満などといった緩やかなものではない。まるで内側から強力なコンプレッサーで空気を注入されているかのように、物理法則を無視した速度で皮膚と筋肉が引き伸ばされていく。


わずか数分で、亮平の腹部は臨月の妊婦を優に超えるサイズにまで巨大化した。さらに恐ろしいことに、膨張はそこで止まらなかった。限界まで張り詰めた皮膚の下で、何かがボコボコと不規則に蠢いているのが見えた。一つや二つではない。無数の「それ」が、内側から彼の臓器を圧迫し、食い破ろうとしているかのようだった。


後に、これが何であったのか、そして一般家庭で何が起きていたのか、生存者たちの記録から明らかになる。

一般的な、妊娠中の妻(元女性)がいる家庭では、この午前9時を境に、妻の膨らんでいた腹部が一瞬にして平坦になった。そして、同時に女性の身体へと変貌した夫(元男性)が女性化し、その腹部が急激に膨らみ、妻が感じていたはずの「つわり」や「胎動」が、そっくりそのまま夫の肉体へと強制転移したのだ。


胎児の空間転移現象。


元女性の体内にいた胎児は、生物学的な父親(現・女性)の胎内へ強制的に転移する。それがこの狂った事象の絶対的なルールの一つだった。


だが、亮平は「一般的な夫」ではなかった。

かつて天才エンジニアであった彼は、旧世界の強者であり、精子バンクの人気ドナーだったのだ。

彼の優秀な遺伝子は、見知らぬ多数の女性の胎内に宿っていた。そして事象発生の瞬間、それら複数の胎児が、元の母体から消滅し、生物学的な父親である亮平(現・女性)の胎内へと、一斉に、強制的に転移してきたのである。

人体の物理的な限界容量を完全に無視した、あまりにも残酷な惨状だ。


私は、床でのたうち回る亮平の横で自身の端末を取り出し、救急インフラへのアクセスを試みた。

しかし、当然のように通信はパンクしていた。世界中で同時に全人類の骨格が変形し、至る所で事故とパニックが起きているのだ。もちろん受け取る方もパニックだ。回線は完全に死んでおり、ただ無機質な電子音が虚しく響くのみだった。


医療知識を持たない私にできることは何もなかった。

ただ、最高の相棒が未知の激痛の中で発狂し、内側から崩壊していくのを、冷徹に観測することしかできなかった。


血走った目で虚空を見つめ、彼女は最後に私の名を呼ぼうとした。

その直後、鈍い破裂音が亮平の体内から響いた。

膨張に耐えきれなくなった内臓が物理的な限界を迎え、破綻した音だった。

亮平の動きが唐突に停止した。口からおびただしい量の血と泡を吐き出し、大きく痙攣した後、彼女の瞳孔は完全に焦点を失った。


私はすぐに亮平の胸に手を当て、心臓マッサージを開始した。

肋骨が折れるほどの力で、規則的に胸部を圧迫する。何度も、何度も。

だが、私の手に伝わってくるのは、徐々に失われていく熱と、二度と自律駆動することのない沈黙した臓器の感触だけだった。


どれだけ圧迫を繰り返しても、息を吹き返すことはなかった。

今、私の足元で温かい鼓動を打っている個体番号01の命の感触とは対極にある、完全なる「物」へと還元されていくプロセス。急速に冷たくなっていく亮平の肉体の感触は、私の掌に永遠の忘れられないデータとして記録された。


私の肉体は、例外として変化を免れた。

私だけが、この凄惨な事象の蚊帳の外に置かれ、ただ安全な場所から相棒の理不尽な死を見送ったのだ。


なぜ、こんなことが起きたのか。

誰が、あるいは何が、このような狂った現象を全人類に引き起こしたのか。

私の中で、これまでノイズとして切り捨ててきた「感情」という不要なプログラムが、静かに、しかし確実に起動するのを感じた。

それは悲しみなどという感傷的なものではない。

肉体というハードウェアの脆弱性と、それに依存せざるを得ない人間の構造、そして何より、この圧倒的に理不尽な未知の事象そのものに対する、冷たく、決して消えることのない「怒り」だった。


私は、赤黒く染まった両手を見つめながら、これから起きる地獄のすべてを記録し尽くすことを決意した。


---


[WARNING: TEMPORAL CONNECTION UNSTABLE]

[REWRITE STATUS: SUCCESSFUL / HORIZON SAFE]

[DISCONNECTING FROM DOMAIN_2026...]

[AUTO-PURGING LOCAL CACHE... DONE]

[PACKET LOSS EXCEEDS CRITICAL THRESHOLD]

[REWRITE STATUS: COMMITTED TO TIMELINE_ALPHA]

> TERMINATING SESSION...

[CONNECTION CLOSED]

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