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X⇔Yシフト ~2050年から来た者だが、2030年に全人類の性別が裏返るので生き残り方を置いていく~  作者: 団田図


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レポート31 ファッション

[INITIATING PROTOCOL: CHRONOS-V4]

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[STATUS: CONNECTED TO HISTORICAL NETWORK ARCHIVE / TEMPORAL SECTOR-2026]

[TIMESTAMP: 2050-07-20T18:5:4.250-UTC]


---


現在、2050年。私の隔離された部屋の窓からは、完全に再建された巨大な都市の光景が広がっている。

無機質なコンクリートとガラスで構成された高層ビル群、規則正しく稼働するインフラ、そして秩序を取り戻した人々の往来。事象発生から20年という歳月を経て、人類の経済水準と技術力は、あの狂乱の時代を完全に乗り越え、事象発生前のレベルを超えている。彼らは新しい肉体の法則のもとで、「完成された社会」を見事に構築し終えたのである。


しかし、窓の外の世界がどれほど発展し、完璧な安定を見せようとも、私の視線はすぐに自身の足元へと引き戻される。

そこには、老境に入り、かつてのしなやかな躍動を完全に失った個体番号01(老猫)が横たわっている。世界の完成とは裏腹に、私のこの閉ざされた空間だけが、「老い」という絶対的な物理法則によって、静かな崩壊へのカウントダウンを始めている。


人類がどのような過程を経てこの完成された新時代へと到達したのか。私はアーカイブから、2040年代の記録を呼び起こす。


+++


事象発生から10数年が経過した2040年代。社会基盤の復旧とともに、人々の生活のあらゆる面から「男・女」という旧世界の区分は完全に死滅していた。


最も顕著に表れたのは衣服や日用品の市場である。「メンズ・レディース」という概念は歴史の遺物となり、すべての衣服は純粋な「骨格サイズ(S/M/L)」のみで製造され、販売されるようになった。そこに旧世界の「恥じらい」や「見栄」は微塵も残っておらず、誰もが新しい肉体の構造に完全に順応し、無駄な葛藤を捨て去っていた。


そして、この新時代の完成を決定づけた極めて特筆すべき要因がある。それは、地球上から「国家間の争い」と「軍備」という概念が完全に消滅した事実である。


事象によって屈強な男性の肉体を手に入れたのは、かつて女性として生きてきた者たちであった。彼ら(現・男性)の思考の根底には、女性として社会を生きてきた時代の記憶と、物事を対話や協調によって解決しようとする習性が深く根付いていた。かつては忌み嫌っていた男性ホルモンをうまくコントロールすることが出来るようになり、圧倒的な暴力を行使できる肉体を持ちながらも、彼らは極端に争いごとを好まず、いかなる対立もまずは話し合いで解決しようと試みた。


結果として、武力で他国を威圧し、領土を奪い合うという旧世界の野蛮な発想は、為政者たちの中から完全に抜け落ちた。世界中のあらゆる国家から軍備という概念が消滅し、兵器の開発や維持に注ぎ込まれていた莫大な予算と、そこに費やされていた膨大な労働力が、すべて都市の復興とインフラの再建へと回されたのである。人類がわずか十数年で事象発生前の生活水準を取り戻すことができたのは、この「軍備の放棄」と「徹底した対話路線」による圧倒的なリソースの集中がもたらした、極めて合理的な帰結であった。


+++


2040年代も半ばに差し掛かると、大転換の後に生まれ育った子供たち――いわゆる第一世代が物心をつけ、社会に出始めた。

彼らがもたらしたのは、真のパラダイムシフトであった。


彼らにとって、小柄で華奢な者(元男性)が子供を産み、屈強で筋骨隆々とした者(元女性)が力仕事をするという光景は、生まれた時からの「当たり前の現実」である。彼らには、旧時代の「性別による役割分担」や、肉体と脳の認識のズレが引き起こした大人たちの苦悩が一切理解できない。


学校の歴史の授業で「かつては力仕事をする側が、子供を身籠らせる側であった」と教わっても、彼らはただ不思議そうに首を傾げるだけだ。彼らの脳内には旧世界のバイアスが一切存在しない。彼らの登場により、旧世界の常識は完全に「死んだ歴史」として葬り去られたのである。


+++


2050年、人類が新しい世界の完成を謳歌し、平和と繁栄を享受し始めたその裏側で、私の隔離された城には致命的な影が落ち始めていた。


ゴミ捨て場で拾い上げ、狂乱の時代を共に生き抜いてきたあの小さな毛玉が、深刻な老衰と病魔に冒され始めたのだ。

これまで完全に自立して食事と排泄を行っていた完璧な獣が、自力で立ち上がることすら困難になり、苦しげな呼吸を繰り返すようになった。艶やかだった銀色の毛並みはパサつき、かつてネズミを一瞬で仕留めた無駄のない筋肉は、見る影もなく削げ落ちていった。


私は、これまで冷笑してきた「肉体の脆弱性に絶望する人間たち」と同じ立ち位置に、自らが力ずくで引きずり降ろされたことを自覚した。いかなる計算を用いても、いかなる合理的な判断を下そうとも、目の前の命が確実に消えていくという絶対的な物理法則を覆すことはできない。


+++


衰弱していく命を前に、私は自らの冷徹な論理を完全に投げ捨てた。


私は、国家の気象予測や大規模なインフラ制御のために稼働している、莫大な国家予算が投じられた演算資源に密かにアクセスした。そして、その巨大な計算能力を、一個人の飼い猫の血液データの解析や、分子レベルでの最適治療法の導出、特製サプリメントの配合を弾き出すためだけに使用したのである。


「人間の社会を数百年維持するための計算よりも、この小さな命を一日、いや一時間でも長くこの世界に留めておく演算のほうが、私にとっては圧倒的に価値がある」


それは、国家に対する完全な裏切りであり、私が生涯をかけて構築してきた合理主義に対する明白な自己矛盾であった。だが、私はその職権濫用と完全なる執着に、一切の悔恨を抱いていない。


私の足元で、国家の最高機密レベルの演算資源を注ぎ込まれて作られた流動食を飲み込み、老猫がかすかに喉を鳴らしている。

世界が完成しようが、人類が平和を謳歌しようが、私には何の意味もない。私にとっての宇宙のすべては、この小さな毛玉が繰り返す、かすかで不規則な呼吸音の中だけに存在している。この命を繋ぎ止める現実だけが、私にとっての絶対的な真実である。


---


[WARNING: TEMPORAL CONNECTION UNSTABLE]

[REWRITE STATUS: SUCCESSFUL / HORIZON SAFE]

[DISCONNECTING FROM DOMAIN_2026...]

[AUTO-PURGING LOCAL CACHE... DONE]

[PACKET LOSS EXCEEDS CRITICAL THRESHOLD]

[REWRITE STATUS: COMMITTED TO TIMELINE_ALPHA]

> TERMINATING SESSION...

[CONNECTION CLOSED]

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