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X⇔Yシフト ~2050年から来た者だが、2030年に全人類の性別が裏返るので生き残り方を置いていく~  作者: 団田図


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レポート21 避妊手術

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[TIMESTAMP: 2050-07-10T24:10:29.369-UTC]


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事象発生から半年が経過し、市場の歪みは単なる物資の価値の暴騰だけには留まらなかった。「命を救う技術」を持つ者たちが、新たな特権階級としてこの絶望の社会に君臨し始めたのである。


無知による意図せぬ妊娠を抱え、未知のつわりや体調不良に怯える若者たち。そして事象発生時に胎児を強制転移させられ、内臓破裂の恐怖に震えながら臨月を迎えた元男性たち。彼らにとって、医療知識を持つ生存者は、文字通り神に等しい存在であった。

かつては街の小さな診療所の医師であった者や、あるいは産婆の経験があるというだけの人間でさえも、今や彼らの手腕一つで生死が分かれる。結果として、彼らは生き残った者たちの頂点に立ち、物資と権力を独占する「新貴族」となった。


彼らの前に平等やヒポクラテスの誓いなど存在しない。治療や出産の介助の対価として提示されるのは、患者が持つ全財産であり、食料であり、あるいは労働力そのものであった。対価を払えない者は、雪の降る冷たい路地裏へと容赦なく放り出され、激痛と共に見捨てられる。これが、すべての倫理がリセットされた世界における、極めて物理的で冷酷な新しい医療システムの姿であった。


私は安全な施設の中から、その新特権階級が振るう傲慢な権力を冷淡に観測していた。だが、この狂乱の最中において、私自身もまた、彼らとの接触を余儀なくされる出来事があった。


当時、私がゴミ捨て場から拾い帰った子猫は順調に成長を遂げ、最初の発情期を迎えようとしていた。私の完璧に制御された生存空間において、この個体が本能のままに鳴き声を上げ続け、外の交尾相手を求めて逃亡を図ることは、多大なリスクとなる。個体の情緒を安定させ、私の管理下において長寿を全うさせるためには、生殖機能を物理的に取り除く避妊・去勢手術が不可欠であった。


私は防寒着を着込み、バックパックに必要な「対価」を詰め込んで、凍てつく瓦礫の街へと足を踏み出した。目当ては、事前に生存を確認していた一人の元獣医師である。


かつて動物病院であったそのコンクリートの廃墟は、異様な熱気と悪臭に包まれていた。待合室には、腹を抱えてうめき声を上げる元男性(現・女性)たちや、無知ゆえに妊娠しパニックに陥っている若者たちが、冷たい床にまで溢れ返っていた。獣医師である彼は、動物の診療などとうの昔に放棄していた。自身の外科的技術を用いて人間の闇手術や出産の介助を行い、この区画の絶対的な権力者としてふんぞり返っていたのだ。


薄暗い診察室の奥で、彼はドラム缶の焚き火にあたりながら私を出迎えた。私がバックパックから子猫を取り出し、手術を要求すると、彼は鼻で笑い、周囲の取り巻きとともに私をあからさまに嘲笑した。


「見ろ、外には人間の妊婦が腐るほど列を作ってるんだ。人間の命を助けるのに忙しい俺が、今更そんなペットの腹を裂く暇があると思うか? とっとと帰れ」


彼の言葉は、旧世界の倫理に照らし合わせればもっともな言い分だろう。だが、私にとって他人の生死など、この小さな毛玉の抜け毛ほどの価値もない。

私は無言のままバックパックの口を開け、持参した「対価」を彼の目の前の不衛生な机に次々と積み上げた。


完全な未開封の抗生物質、強力な鎮痛剤のボトル、滅菌ガーゼの束。そして、賞味期限が数年先まで保証されている無傷の高カロリーな軍用保存食のパックと、不純物の一切混じっていない純水のボトル。

泥にまみれた闇市では決して手に入らない、旧世界の完璧な医療物資と食料の山を前にして、傲慢だった獣医師の顔から嘲笑が消え去った。彼の目は血走り、取り巻きたちも息を呑んでその宝の山を凝視していた。


「条件は一つだ」と、私は冷たく言い放った。

「今すぐ、お前の持つ最高の技術と麻酔薬を、この猫一匹のためだけに使え」


獣医師に迷いはなかった。彼は即座に取り巻きに命じ、助けを求めていた人間の患者たちを、容赦なく後回しにした。


私は静まり返った手術室で、子猫が適切な麻酔を打たれ、安全に腹部を縫合されていく過程を、ただ腕を組んで見届けていた。

外では、対価を持たない人間たちが、己の欲望と無知が招いた結果に苦しみ、雪の中で命を落としていく。一方で、私の目の前にある小さな命は、私が提示した圧倒的な物資によって、完璧な安全と平穏を約束された。


人間の命よりも、獣一匹の生存を優先した私を、狂っていると非難する者がいればそうするがいい。己の肉体の仕組みすら理解せず、欲望のままに交尾を繰り返し、自ら首を絞めておきながら神や他人に救済を求める愚かな人間たち。それと比べ、いかなる矛盾も起こさず、ただ純粋に与えられた環境で生を全うしようとするこの美しい獣。どちらに私の持つ物資を投資することが論理的であるかなど、計算するまでもないことだ。


現在、2050年。

私の足元では、あの日手術台に乗せられた小さな個体が、今や老境に入り、静かに喉を鳴らして眠っている。


世界中が自身の肉体と欲求に振り回され、絶望的な冬の寒さに身を縮ませていたあの地獄の季節。私は、完全に自律した無菌の城の中で、この小さな命の寝息だけを正確な時計の秒針のように聞きながら、人類が自滅していく愚行の記録を綴り続けていた。

人間という構造が抱える致命的な欠陥と、決して変わることのない無垢な命の対比。それが、あの過酷な冬が私に提示した、最も明確で美しい観測データであった。


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[WARNING: TEMPORAL CONNECTION UNSTABLE]

[REWRITE STATUS: SUCCESSFUL / HORIZON SAFE]

[DISCONNECTING FROM DOMAIN_2026...]

[AUTO-PURGING LOCAL CACHE... DONE]

[PACKET LOSS EXCEEDS CRITICAL THRESHOLD]

[REWRITE STATUS: COMMITTED TO TIMELINE_ALPHA]

> TERMINATING SESSION...

[CONNECTION CLOSED]

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