33. 「食料を抜き」
怒りではない。
ただ、どうしようもなく分からなかった。言ってくれれば、私は全力で動いた。救おうとした。
なのに。
「……クラリス様は、あまりにも多くの重荷を背負っていらっしゃいましたから」
エドモンドが目を伏せる。
「これ以上、あなたに迷惑をかけたくなかったのです」
「迷惑だなんて、そんなこと……!」
「ですが」
「迷惑では、ないのです!」
感情に任せて声が上ずった。
エドモンドはただ、深く頭を下げた。
責められなかった。彼が犯した罪は、紛れもない裏切りだ。
だけど、その理由が『私の不甲斐なさ』にあるのだとしたら。彼が絶望した仕組みを放置していたのが、私なのだとしたら。
「待て」
レオの声が、思考の渦を止めた。
彼は私をじっと見つめていた。その瞳は、何かを計算しているのではなく、ただ静かに私の動揺を見守っているようだった。
「一度、席を外せ」
「……え?」
「感情が濁っている状態で判断をするな。一度頭を冷やして、落ち着いてから戻ってこい」
「でも、私が――」
「エドモンドの話は俺が引き継ぐ。後ですべて共有してやる」
レオの言葉は、命令ではなかった。
今の私にはこの場が毒であることを、彼は瞬時に見抜いたのだ。
「……分かりました」
私は一歩、後ずさる。エドモンドの顔をもう一度見て、
「後で……またお話ししましょう」
それだけを告げた。
逃げるようにその場を離れ、屋敷の裏庭へと向かった。冬枯れた低木の向こうに、古い石壁がそびえ立っている。
壁に手をつくと、ざらりとした冷たい感触が手のひらに伝わってきた。
頭の中がぐちゃぐちゃだった。
エドモンドがやったことは、許されることではない。
けれど、彼が申告を諦めるに至った経緯を作ったのは、この領地の『過去』であり、それを変えられなかった『現在』の私だ。
『お優しい方だと分かっていたから』
その言葉が、耳の奥で呪文のように反響する。優しさが、法を無視する言い訳にされた。私の甘さが、領民を『犯罪者』に仕立て上げてしまった。
石壁から手を離すと、手のひらに赤い跡がついていた。
見上げれば、冬には珍しいほどの雲一つない青空。こんな日に限って、太陽は残酷なほどに輝いている。
不意に、少しだけ笑いたくなった。
「ここに居たか」
背後からかけられた声に振り返る。
裏庭の入り口に、レオが立っていた。
「終わったのですか」
「ああ」
「……エドモンドは」
「今はカルに預けてある」
レオは私に歩み寄り、隣に並んだ。
「話をすべて聞いた。配給の途中で食料を抜き、三ヶ月にわたって近隣の困窮者に配っていた。量は微々たるものだが、事実だ」
「三ヶ月。……そんなに長い間」
「ああ。誰にも、お前にも言わずにだ」
「理由は、心配をかけたくなかったから、ですか?」
「それもそうだが、お前に言えば、お前が自分の食事を削ってまで彼らに与えるだろうと……そう言っていた」
どこまでも、私の『甘さ』を見抜かれていたのだ。
「……彼を、処分すべきだと思いますか」
「必要だ」
レオが断言する。
「だが、方法は一つじゃない」
「どういうことでしょう」
「統治において、厳罰が常に最善とは限らない。目的は領民を怯えさせることではなく、二度と同じことを起こさせないことだ。今の状況下で、彼をどう扱うべきか――」
レオが私を真っ直ぐに見据えた。
「俺の判断だけで決めるべき話ではない、と言っている」




