15. 「グランツ殿」
レオが一瞬だけこちらを向いた。
「どっちでもいい。結果がすべてだ」
「結果だけが、すべてではないと思います」
「そうか」
肯定も否定もしない、いつもの素っ気ない返し。この人と話すと、いつも見えない壁に当たる。感情が届かず、合理性だけが跳ね返ってくる壁。
いっそ怒鳴り合えた方が、よほど通じ合えている実感が持てるだろうに。
「南の区域、でしたね」
私は話を戻した。
「ああ」
「今朝の視察で、あの区域に『不可』をつけていましたね。切り捨てるべきだと」
レオの歩調が、わずかに乱れた。
「……つけていた」
「それでも、あの子たちを追い返さなかった」
「問題は別だ」
「どう、別なのですか?」
「区域の切り捨ては人手配分の合理化だ。今日の子どもは配給制度の不備だ。混ぜて考えるな」
私は、彼の横顔をじっと見つめた。
「……でも、あの区域に食料が届いていないなら、それは今朝バツをつけた判断材料が、間違っていたということではありませんか?」
レオの足が止まった。
私も、それにつられるように足を止める。
彼が私を見た。
今日初めて、正面から私の目を見据えた気がした。灰色の瞳に、計算ではない、何かを確かめるような静かな熱が宿る。
「……そうかもしれない」
認めた。
あの、絶対に譲らないはずの男が。驚きで息を呑む私をよそに、彼は続けた。
「……調べる」
「……それなら、切り捨てる必要がなくなるかもしれません」
「そうとは限らない」
「でも、可能性はあります」
「……無くはない」
また、認めた。
私の中で、硬く張り詰めていた何かが、ふっと緩んだ。それが警戒心だったのか、彼への諦めだったのかは分からない。
この人は、感情では動かない。
けれど、正しい論理には必ず耳を貸す。感情を捨てているのではなく、ただ、信頼を置く基準が違うだけなのだ。
「グランツ殿」
歩き出しながら、私は呼びかけた。
「レオでいい」
足が止まった。
「……え?」
「その方が短くて済む」
感情の欠片もない、効率重視の提案。
けれど、確かに彼は自ら距離を詰めた。
「……では、レオ」
「なんだ」
「今日は、ありがとうございました」
「仕事だと言った」
「それでも、です」
彼は何も答えず、手帳を懐に仕舞うと再び歩き出した。
私はその隣を歩く。
先ほどより、半歩だけ近い距離。会話は途切れたけれど、二人の足音は今日初めて、同じリズムを刻んでいた。
「あなたはどういう人なのですか?」
不意に、心の声が漏れた。
レオが少しだけ視線を向けてくる。
「聞いてどうする」
「知りたいから聞くのです」
「……理由になっていないな」
「私は、それだけで十分だと思います」
彼は前を向いた。
答えが来る確信はなかった。来なくても、それが彼らしいとさえ思えた。
目の前に、屋敷の裏門が見えてくる。
夕闇に染まり始めた古い鉄門が、重厚な影を落としていた。
「帰ってから話す」
門に手をかけ、レオがぼそりと呟いた。
驚いて彼の背中を見つめる私に、彼は振り返ることなく進んでいく。
「……はい」
軋む門の音が、静かな空気に響く。
冷え込む空気の中、私たちは二人で屋敷へと戻っていった。




