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没落令嬢と冷徹騎士の契約結婚 ~正しさを捨てて、あなたを選びます~  作者: 猫燕


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14. 「本当に分かりません」

 レオが言った。

 私を拒絶するのではなく、その場の空気を固定するような言葉。

 驚く私をよそに、レオはその場にゆっくりと膝をついた。大人が子供に目線を合わせるために、地面に膝をつく。

 その無骨な動作を、私は呆然と見守るしかなかった。

 彼は子供たちと同じ高さで、真っ直ぐに少年を見つめる。


「食べるものがなかったのか」


 声の響きが、先ほどとは違っていた。

 平坦なのは相変わらずだが、そこにあった棘が消えている。

 責めているのではない――ただ、問いかけていた。


「……食べるものが、なくて」


 少年が、消え入りそうな声で答える。


「どこから来た」

「……南の方から」

「誰かと一緒か」

「お母さんが、家にいる。弟も。でも、ご飯が……」


 少年の言葉が途切れた。

 続きが言えないのではない。これ以上言葉を紡げば、張り詰めた糸が切れて泣き出してしまうことを、彼は本能で分かっているのだ。

 私はたまらず口を開こうとした。

 この子たちを庇うための、無力な慈悲の言葉を。


「責めはしない」


 だが、レオが先だった。

 少年が、そして私も、驚きに目を見開く。


「今日持っていった分は、返さなくていい。……だが次はするな。盗みは、お前が思っている以上に周りを壊す」


 少年が、何度も何度も黙って頷く。

 レオは少年の住まいの詳細を聞き出すと、手帳に何かを書き留めた。

 立ち上がる際、彼は私を一度だけ一瞥する。


「配給が届いていない区域がある。南の端だ」

「……そんなはずは。リストでは網羅されているはずです」

「これが現実だ」


 突き放すような言い方ではなかった。

 ただ、目の前の事実を提示しているだけ。


「配給の流れが腐ってる」


 ――腐っている。

 倉庫の暗い空気の中に、その物騒な言葉が居座り続ける。

 詰まっているのではなく、腐敗している。

 それはつまり、誰かの意志によって『止められている』ということだ。


「……詳しく調べる必要がありますね」

「ああ」


 レオは子供たちに向き直った。


「行け。持って帰って構わない」


 少年は一瞬、信じられないという顔をした。

 それから


「……ありがとうございます」


 と、震える声で絞り出した。

 二人が倉庫を出ていく。

 少女が出口で一度だけ振り返り、私に小さな、けれど丁寧な会釈をした。

 倉庫の扉が閉まり、再び訪れる静寂。

 私とレオだけが、薄暗い闇の中に取り残された。

 外に出ると、空の色はさらに沈んでいた。厚い雲が光を遮り、昼間だというのに夕暮れのような重苦しさだ。

 遠くで枯れ枝が鳴る音が聞こえる。

 私は、前を行くレオの隣に意識して並んだ。


「あの子たちを、なぜ助けたのですか?」


 ずっと胸につかえていた問いを投げる。


「助けたわけじゃない」


 レオは前を向いたまま答えた。


「でも、責めなかった。食料も与えたわ。それは――」

「原因がこちら側にあった。それだけだ」

「……」

「配給が届かないから、子供が盗みをした。原因は制度の不備だ。子供を罰した所で、何の問題も解決しない」


 どこまでも論理的だった。

 感情の入り込む余地のない、原因と結果の等式。

 理屈はわかる。

 けれど、あの倉庫で彼が膝をつき、目線を合わせたあの瞬間を、私はどうしても『理屈』だとは思えなかった。


「あなたは……」


 私は少し言葉を探して、それから正直に口にした。


「優しいのか冷たいのか、本当に分かりません」

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