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没落令嬢と冷徹騎士の契約結婚 ~正しさを捨てて、あなたを選びます~  作者: 猫燕


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12. 「聞いたことに答えてくれ」

 農地を抜けると、民家がまばらに並ぶ集落に出た。

 古い木造の家々は、壁の板が傷み、隙間風を隠そうともしていない。煙突を見れば、煙が上がっている家はごく僅か。

 大半は、冷え切った沈黙を守っている。


(薪が、足りないのね……)


 知っていたはずの現実が、レオの隣にいると、より鮮明な『構造の欠陥』として突きつけられる。

 一人の老人が、家の前で薪を割っていた。斧を振り上げ、ゆっくりと振り下ろす。その動作があまりに遅くよろめいていて、危なっかしい。

 声をかけようと一歩踏み出した私より先に、レオが歩み寄った。


「この区域の炉の状態を教えてくれ」


 挨拶も、名乗りもなし。

 あまりに唐突な問いに、老人は鳩が豆鉄砲を食ったような顔でレオを見上げた。


「クラリス様……?」

「大丈夫ですよ。この方は……」

「グランツだ。騎士だ」


 レオが強引に会話を引き取る。


「聞いたことに答えてくれ」


 老人は戸惑いながらも、ぽつりぽつりと話し始めた。

 薪の配給が滞っていること。井戸が凍りついたこと。

 レオは黙ってそれを聞き、要所だけで鋭い質問を差し込む。

 話が終わると、


「……ありがとう」


 短く、だが確かに礼を言い、すぐさま背を向けた。


「今の話で、何かわかりましたか?」

「配給のルートが詰まっている。どこかで中間搾取か、管理ミスが起きている可能性があるな。後で調査する」

「そんなことまでわかるのですか。あの一瞬で」

「経験だ」


 それ以上の解説はない。

 農地、水路、倉庫――。

 二時間に及ぶ視察は、どこまでも事務的に進んだ。レオは感情を排した目で世界を観察し、私はその影のように付き従った。

 最後に、大きな倉庫の前で彼が立ち止まった。


「一度、整理する」


 開かれた手帳を横から覗き込み、私は息を呑んだ。

 地図の上に、無慈悲な印がついていたのだ。

 丸、三角。

 そして――。


「この三つの区域だ」


 レオが指し示した場所には、明確な『×』が記されていた。


「これは……どういう、意味ですか」

「切り捨てるべき部分だ」


 心臓が、冷たい水に浸かったような感覚。

 そこはヘインフォード領の南東部。古い歴史を持つ農地と、小さな集落が点在する場所だ。


「そこには、人が住んでいます!」

「知っている」

「それでも切り捨てると?そんなこと――」

「今、領地全域を支えるのは不可能だ」


 彼は手帳を閉じ、灰色の瞳で私を射抜いた。


「資源を薄く広げれば、全員が沈む。……だが集中させれば、残る場所が出る」

「その区域の方たちはどうなるのですか!」

「移せばいい。機能している区域に集める。全員は無理だが、大半は収容できる」


 ――大半は。

 その言葉の裏にある『こぼれ落ちる命』を、彼は計算に入れている。


「……見捨てるというのですね」

「違う」


 レオは倉庫の壁に背を預け、腕を組んだ。


「守れる分を守る。それだけだ」

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