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魔人と狼は幸福を求めない  作者: 澱粉麺
追憶、翠玉の森
25/26

悩懊



「なあ、カリナ?」


びくり。

その声で目覚めたのは、名前を呼ばれたその男と、もう一人。そう、呼びかけたはずの声の持ち主。

カリナとルーチェは不思議なことに、全く同じ声で目が覚めたのだ。そしてそれは、どういうことか。


「……なんだ…これは…ッ!」


だがその異常よりも先に、目覚めた時の身の異常が目に付いた。それは、自らの身体たちにまとわり付く蔓草のような、苔のような、否、もっと禍々しいもの。


色と材質は恐らく植物ではあるのだろう。だがその感触はもっと動物的というか、蟲のような。

マユの、糸のような。そう、そういったものだ。

それが肩まで彼らを固めていた。


「ルーチェ!」


「分かってる」


カリナは内側から爪で引き裂く。ルーチェもまた、それよりも少ない動作で内側からするりと切り裂いて中から出てきた。

そうして身体を外に出して、ゾッとした。

自分の思ったことに。


『がっかりとした』。

また、今のマユにくるまりたい。そう思ったのだ。


「…これは。この感触は…!」


狼にはそれは既視感があった。

この感覚は、既に感じたことがある。これはあの時、英雄にして女帝、リーフィ・グリーンに遭遇した時のこと、この目を潰される直前のこと。

この感覚が身体に満ちていた。この、多幸感。

花の匂いと、ふうわりと香る草の音。

それを更に、もっともっと濃くしたような。


「…ルーチェ、これは…」


「わからない。…お前が言いたい事は、これはなんだ?だろ。だから先に言うが僕もわからない。だが推論は出来る。事実を擦り合わせればね」


そう、また持って回った言い方をする、魔人。だが心なしかその表情と、口調の早さに焦りを感じる。


「まず。……さっきまで、お前は、僕と同じ夢を見ていた。…それはそうだな?」


「…俺たちの過去。そして…そして、俺の記憶も、お前の独白の声も含めてがそうならば、そうだ」


「……〜〜っ…」


一瞬、恥ずかしそうに顔を歪めてそれにとどまらず足をぱたぱたと動かして、少女はちくしょう、と口にした。

だが恥ずかしがってる場合では無いと改めて向き直る。


「ん゛んっ!…まあ、なんだ。僕の思ってたことがガッツリバレたり?自分の…やさぐれてた過去をリマインドさせられたり?それは致命的に恥ずかしいが、今はそうじゃない!それを話してる場合じゃない!そうだろ!?」


「…あ、ああ」


「問題は、だ!…『同時に同じ夢を見る』という異常だ。普通ならばありえない現象だろう、夢はそれぞれの有意識無意識が混じり合って生まれる思考映像。ましてや、お前が知らない僕の心まで知る、というのはつまり…」


「これ、のせい。ひいてはこれが出てきた異常が齎したということか」


ここでようやく、話は先に身体にまとわりついていた『マユ』に戻る。彼らは夢の共有による異常、そしてそれを感じた本能が目を覚まさせ、その内から脱せたが。


「そうだ。これはなんだろうな?分かることを、分かろう。さっき僕らが切り裂いて出てきたものは、これはやはり植物に近い。そして僕に、夢や記憶の共有というと心当たりが一つだけある…」



『思い出の花』。

花の英雄、リーフィの力。それは過去にあった出来事を呼び覚まして連れてくる力。健康な状態を思い出して、傷を癒すこともできた。そして、最も傷ついた状態を再現させて敵を殺す事もできた。そういうものが、あったと。


なるほど、自分が刹那に傷だらけになったのはそれか。話を聞いて初めてカリナはあの現象にようやく合点がいった。だがそれも今は大事ではない。


「要はこの、これは…とりあえずマユと呼ぶが…リーフィの仕業というわけか?俺たちを追っての攻撃か?」


「……なら良かったかもな」


ルーチェは、つう、と冷や汗を垂らす。

カリナはそれに内心驚愕をした。

この少女、ルーチェはどうにも、少女の身体に後天的になったようだ。そしてだからか身体の感情に引っ張られて過剰に焦ったり怒ったりということが、あるのだろう。そういう光景は何回か見た。


だが、こうして、冷静に。

そして確実に焦って冷や汗を垂らす。

これを見たのは、少なくとも狼には初めてだった。


「見ろ。これを」


狼には、まだ目は完全には見えない。

だから代わりに差し出したそれを手に取った。

そうして、青ざめた。


そこらにいるだろう小鳥、獣、小さな虫。

そういったものらが、全部、全部、全部。先に自分たちが触れたあのマユの感触。その青臭さ。思わず手を引いた。そして今、ルーチェが考えてる事にようやく辿り着く。


「……まさか…全ての生き物を…?」


「……」


沈黙は肯定を表す。それ以上言う事はないし、何よりもまだ、言う事も思いつかないようだった。


「バカな…!そんな事をしていいわけがない、だって…!」


全ての生き物に、反応してこうなるというのならば。女王の膝下にいる者たちは一体どうなるというのだろう。

英雄は、国を治めていた。

それが密告ありきで、使い尽くされた牢獄があるような歪であれ、なんであれ。

そしてそこには人々がいた。そこに暮らす人が。何千?何百?総数はわからない。わからないが。


「このマユの行き着く先はなんだッ!?」


「知らないよ僕も。落ち着けバカ!…まあ気持ちはわかるよ。僕だって冷静でいるように、なんとか意識して今冷静でいられてるんだ」


この、ぐるぐると確実に全身を巻き取るマユから自分達が抜け出せていなければ、それは最終的にどうなっていたのか。これの、到達点はなんだ。まだわからない。

わからない、が。

きっと、ろくなものでない事だけはただわかる。


「…どうなるか、は。このままこの小動物たちを放っておけば分かるだろうな。それを確かめてから行くか?」


カリナは無言で、手に取った小鳥の周りをがんじがらめにしている紐糸をぶちぶちとちぎり取った。鳥はしばらく横たわったまま、そのままでいたいと言うかのようだったが、しばらくして不機嫌そうに飛び去って行った。


それを見て、ルーチェはふっ、と息を吐いて笑う。

そうだ、そうでなくては。

この男は、ばかだ。

単に学がないということではない。向こう見ずで、いつもこうして計画性もなく行動をする。

この男は、馬鹿だ。やっている事に一貫性がない。だから復讐の旅なぞに身を費やしているくせに。こんなふうに甘ちゃんで、こういった事に見て見ぬふりができない。


「そういうとこがまたいいんだな」


ルーチェはそう呟いてから、自らの口を手でぴたりと塞いだ。自分の身体の迂闊な口を罰するように。


「いい、とは?」


「あ、ああいや。その…これが何やら吸収とかしてリーフィの力にするためのものかもしれないし。そう考えると今お前がマユを壊したのもいいのかもなーって。それだけだよ、うん」


今更、こいつに既に好きであるということを伝えているというのに何を誤魔化し気まずくなる必要があるのだろう。そう自分でも不合理を思いつつ、しかし事実そうなのだから仕方ないだろうと、自分自身に言い訳をする。


「…まだ傷が治りきっていないこともあり、リーフィの殺害は三日後に実行する。そのつもりだったが。予定変更だ、カリナ」


「…!」


「まさか。怯えて行けないなんてことはないよな?それともまだ傷が痛むから、なんて言い訳をするか?」


「まさかだろう。

ベストコンディションだ、ルーチェ」



彼の目はまだ、霞んで見えていない。

全身の深い傷はまだ完治していない。

だが、だからこそ行かねばならない。

この夜想曲を、永遠にしてしまわないため。広がり続ける緑の汚染を、止めねばならない。


「オーケー、ならば行こう」



「リベンジ・マッチだ」


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