66.お前を殺せといった
「……じゃあ、そうだとして、わたしはいったいどうすればいいの。あなたたちがいう犯罪者がわたしの中に眠っていたとして、わたしは何をすればいいの」
「私は、お前を殺せとカナタに言った」
わたしが目を向けても、彼女は平然としていた。
「お前には悪いが、それが一番確実だ。お前の命さえ消えてしまえば、鍵は解かれ、逃亡者を捕獲することが出来る」
「ああは言ってるけど」とカナタはわたしの耳にそっと口を寄せて、言った。「彼女は、悪いだなんて思っていないよ。ぼく自身がそう思っていたように、人間の命なんて、物の数にも入っていない」
「わたしは踏みつぶされるアリってこと?」
冗談のつもりで言ったのだが、そのとき頭に浮かんできたイメージは、自分が巨大な人間に、まさにアリのように踏みにじられるといったものだった。
それがやけにリアルで気分が悪くなる。
「カナタ、お前はそれに反対していたな。結局のところ、それでも捕まえられない可能性だってある。何が起こるかわからない、と。だがそれはすべてにおいてそうだろう。そして私が地球にやってきてから、お前は何もしなかった」
少女はそういって首を横に振った。
「今日、お前と会って協議したときも、お前は殺すことに反対するばかりだった。そのうえでまた協議の決定を先延ばしにしようとしたな。私はもはやお前の相手をしてはいられなかった。中山トウコ、お前をこの場に連れてきたのは、そういうわけだ。……それで、カナタ、約束していたお前の対案は用意したのか?」
「あのときは言いませんでしたが、すでに案を考えてはいました」とカナタは言った。「この事態は特殊なケースです。ぼくは確かに犯罪者を捕まえる義務がある。だがそのために、この地の生命を殺してもよいという了解は得ていない。そのために、ぼくは一度テリトリーに戻り、他の者にも意見を仰ぐべきだと考えます」
「私は、そうは思わん」と少女が答える。「テリトリーの判断には、時間がかかる。この星に戻ってくるまでに、この人間の命が尽きるぞ。意味がない。やつはまた逃げる」
「逃亡者が逃げたなら、そのときはまた追えばいい。力が回復しているなら、もう生命に潜んだりはしないでしょう。もし再びそうしたら、またテリトリーの指示を仰ぎます」
「私には無駄に思えるが、それがお前の案というわけか。それでは、中山トウコ、お前はどう思う?」
わたしは少女、カナタ、少女、と目を往復させた。
「急にそんなこと言われても……」
そういうのが、精一杯だった。
「だろうな。だが、お前のために一つ、言っておこう。お前の中のそいつは、我々にすでに把握されているという、この事態を認識しているかどうかわからない。が、もし認識していたら、お前たち人間、この地球の生命体すべてにとっても問題がある」
少女はじっとわたしを見つめてくる。
「カナタの言う案を採用し、お前の寿命が尽きたとき、つまりお前から離れるとき、やつはこの地球を残すだろうか。逃亡者からしても、我々の力は計り知れない。お前たちでいうところの、恐怖を我々に抱いているだろうな。その結果、少しでも証拠を消すために、この星を破壊する、という案もやつの中に生まれるんじゃないだろうか」
「それは可能性です」とカナタが言う。
「ああ。可能性の上ではあらゆることが起こりうる。私の言葉が今、やつに聞かれている可能性もあるな。聞いているのなら、そんなことをしても無駄だと言っておこう。しかし、その判断をするのは、結局のところ逃亡者自身なのだ」
わたしはその、少女の言葉をかみしめていた。
つまり彼女は選択しろと言っていた。
いま、わたしが死ぬか、それともわたしが死んだ後、地球が破壊される可能性を残すか。
そのどちらかを。




