45.嘘
カナタは、まっすぐにわたしを見据えていた。
予想もしなかったその言葉に、わたしはどう返事をしていいかわからなかった。
「……だから、実際のところ、ここで君と暮らしている理由は、もうないんだ。君から出て行けと言われれば、ぼくは出ていく。だけど、君にそう言われるのが怖くて、このことはずっと黙っていた。すまない」
彼はそう言って、小さく頭を下げた。
それから、顔を上げ、言葉を継いだ。
「だから、君はもう、あのことについて申し訳ないと思うことは何もない。むしろ、そう思わなければならないのは、ぼくの方だ。君に嘘をついていたんだから」
嘘。
その言葉が、頭の中に引っかかった。
カナタがいま認めて、わたしに謝った嘘は、わたしにとっては何の問題もない。
言ってくれなかったのは寂しかったけれど、例えそう告げられていたとしても、わたしはカナタにこの家に残ってくれるよう、話をしただろう。
だから、その嘘をついてようといまいと、その結果は変わらない。
ただ、あなたは、また違う嘘をついているんじゃないの?
先ほどのカナタの告白の驚きから覚めて、わたしの心の中にはカナタへの疑いが育ちつつあった。
カナタはじっと、わたしのことを見つめている。
「じゃあ、カナタはもう、この家にいる必要はないんだ」
その言葉は、ただの確認のつもりだった。でも、それがカナタにどう受け止められたのかはわからない。
わたしの家から出ていけ、という風に聞こえたのかもしれない。
カナタはちょっと、苦しそうな顔をした。
「……ああ、そうなる。だけど、いま、ぼくにはやらなければならないことがある」
「それは、例の宇宙人を見つけること?」
それとも、地球人の女の子とお話しをすること?
「関係しているけれど、少し違う。すまないが、君には言えない」
その答えを聞いて、わたしは不満だった。
それじゃあ、わたしには何の判断もできない。
「ねえ、トウコ。時間をくれないか」
カナタが言葉を続ける。
「実は、あと少しだけ、すませておかなければならない仕事がある。昨日も言ったけど、今はまだやりかけで、近くに寄ったから家に帰ってきただけなんだ。そしてそれは、ぼく自身の使命と関係している。その仕事が終わったら、ぼくはこの家を離れることも考えていた。いや、それはぼく自身の意思に関係なく、否応なしにそうなるかもしれなかった。例えぼくらの、この話し合いがなかったとしても」
その言葉はある種、わたしにはまた別の衝撃をもたらした。
その仕事を終えた後、カナタはもう、この家にはいられなくなる可能性があった。
それなのに、今までわたしには、何の話もしてくれていなかった。
そんなことって、ありえる?
「それは、あと、二、三日の間に決まる。明日からまた少し、この家を留守にする。三日後の夕方に帰ってくるつもりだ」
そのカナタの発言を聞いているわたしの脳裏から、ある言葉が離れない。
嘘。
カナタは今まで、わたしに嘘をついていた。
今の話は、本当なのだろうか?
わたしの知らない、あの美しい少女。
一つ思い浮かんだことがあった。
外出。わたしの家から離れる。
つまり、わたしの目から逃れる。
カナタの言葉が続いている。
「その結果、ぼくはこの家にはいられなくなるかもしれない。そしてもし、ぼくがこの家に残れるのなら、いつまでいていいのか、君にもう一度たずねてみる。……それでいい?」
カナタの言葉を聞きながら、わたしは小さくうなずいてみせた。
カナタがいなくなる。それは嫌だ。
だけどカナタが、わたしに大きな嘘を隠したまま、この家にいつづける方がもっと嫌だ。
カナタはこの数日、やらなければならないことのために外出をしていたという。なのにわたしは昨日、少女と共にいた彼の姿を目にしている。
カナタがこの数日で、やらなければならないことってなに?
美しい少女。わたしの家にはいられなくなるかもしれない。この数日で決まる。
胸の中に浮かんでくるそんな断片をつなぎあわせながら、あるアイデアを検討しつつ、わたしはカナタに返事をした。
「うん、それでいい」




