42.記憶は一体どうなった
次の日、目を覚ましたわたしの気持ちは、昨夜よりも多少は晴れていた。
時計を見るといつもと変わらない時間で、ベッドから体を起こしてすぐに、顔を洗いに一階へ降りた。
台所ではすでにカナタが朝食を作っていた。
勝手に帰ってきた遠慮もあるのか、それとも昨日の一件が影響しているのか、作られているのはわたしの分だけだった。
冷蔵庫に食材があまり残っていなかったせいか、メニューは普段よりも簡素なものだった。
ハムエッグとサラダ。いずれもわたしにだってできる、簡単なものだ。
作られた料理を眺めながら、そう、これで十分だ、と心の中で考える。
わたしには、カナタのような手の込んだ料理は出来ない。
だけど、それが出来なくても、事足りる。
「おはよう」
そう挨拶すると、カナタはちょっと振り返ってうなずいてみせる。
普段のような挨拶。日常の一コマ。
普段と違うのは、わたしの心だけ。
朝食を作ってもらったお礼を言いながら、食事をはじめる。
しばらく、お互いに何もしゃべらなかった。
わたしは別に、怒っていたつもりはない。
どういう風に話を切り出すか、わたしは迷っていた。
そうして結局、朝食を食べ終えるまで、わたしは無言だった。
そのせいで、箸置きに箸をおいてから、改めて、という形でしゃべる羽目になった。
「カナタ、少し話があるんだけど。まだ出かけるまでに、時間はある?」
「トウコの食器を片付けるぐらいの時間はあるよ、もちろん」
口の端に軽い笑みを浮かべて答える彼に、わたしは小さく首を横に振ってみせる。
「いや、ちょっと真面目な話だから」
へえ、と少し笑った後に、彼も真面目な顔に変わった。
わたしは一度、小さくうなずいてみせて、それから心の中で考えていたことを、改めて口に出しはじめた。
その考えは、昨夜遅くに浮かび、そうして彼にたずねてみようと決めたものだった。
「カナタ、少し前の話になるんだけど。……わたしはあなたに出会ったとき、大変申し訳ないことをした。改めて、謝ります」
そう言って深く頭を下げる。次に顔をあげたとき、カナタはいぶかしげな顔をしていた。
「突然なに? そんなのしなくていいよ、トウコ」
その言葉には答えず、わたしは再び顔をあげ、言葉を続ける。
「……あれから、だいたい、四ヶ月が経ったね。はじめ、カナタが記憶を取り戻したいといってここに来て、わたしも戸惑っていた。だけどだんだん、カナタがいるのが当たり前になって、普段の何気ない会話だったり、あなたの作る料理だったり、この生活が……楽しくて」
そこまで言ったとき、わたしは少し、胸の奥からわき上がってくるものを感じた。
昨日までは、本当に楽しくて、ともう一度心でつぶやき、その感情がわたしの言葉に影響をする前に、何とか抑え込んだ。
「あなたには本当に感謝しています」
カナタは口を堅く結んだまま、何も言わずゆっくりと首を横に振っている。
返事を待たずに、わたしは言った。
「だけどわたし、昨日、気づいたの。あなたにはあなたの仕事がある。なのにわたしのところにいてくれて、何かと気を使ってくれる。あなたはまだ本当に、ここにいていいの? わたしとあなたが出会ったとき、わたしがあなたから奪ってしまったものは、いったいどうなったの?」




