38.相沢さんは素敵な恋をしたい
「いいなあ、私も素敵な恋をしたいなあ」
心の声が外に漏れている。そんな感じでわたしの隣を歩く相沢さんが言った。
彼女は、表情も素振りも普段と変わらなかったが、発言の上だけでは、少なからずアルコールの影響が感じられた。
わたしたちは駅に向かって歩いていた。
昼食を終え、わたしには都内での用事はもうなかった。
相沢さんも一度、会社に戻って午後の仕事の準備をするそうだった。
その様子で大丈夫かと聞くと、何がですか、と酔った自覚のないらしい彼女は平気そうに答えた。
まあ、仕事に手をつけてしまえば、無駄な話などしないのだろうし、あるいは話したところで、その妙な発言がアルコールの影響とは誰も思わないのかもしれない。
前科がなければ、だけれど。
見た目の上では颯爽と歩く相沢さんの放った、どこか間の抜けた発言に対して、わたしは何の気もなくたずねた。
「あの、つっこんだこと聞くようですが、相沢さんには恋人とかいないんですか?」
「ああ、いますよ、彼氏」
まあそうだろうな、と思う。
彼女はしっかりしており、また愛嬌もある。
男性が放ってはおかないだろうな、とは思っていた。
「それならいいじゃないですか。大事な人、もういるじゃないですか」
「でも先生、私は恋がしたいんです」
「わからん」
わたしが投げやりにそう言った後、なぜか相沢さんはふふふと不気味に笑いだし、そういうときもあるのです、と続けた。
それでこの話はおしまいになった。
駅の改札の前で、相沢さんと別れた。
彼女が会社に向かう駅と、わたしが喫茶店の最寄り駅に帰る路線は違った。
じゃあまた、と相沢さんと軽く手をあげて別れ、わたしは自分が使う駅へと歩き出した。
都内にはやはり人が多い。
平日の午後だったが、それでもわたしの住む家の周りとは人口密度が違う。
その歩くペースに時折乗り切れなくなり、都内は時間の流れるペースが違う、などと思う。
駅に向けて五分程度の道を歩きながら、わたしは相沢さんとの会話を思い出していた。
幸せオーラ。相沢さんがそんなことを言っていた。
それはどのようなものなのだろうか。
ぱっと想像したのは、薄紫色のもやだった。
それがわたしの全身にもやもやと漂っているのだろうか。
あるいは、白い光のようなもので、後光のようにわたしの背中側から差し込んできているのだろうか。
相沢さんの見たものがどんなものかはわからなかったが、わたしが幸せそうに見えたとすれば、それはやっぱり、カナタのおかげだろう。
実感はもちろん、多少はあったけれど、自覚している以上に、わたしは満たされていたのだろうか。




