21.あれから三か月
家にたどり着いたとき、彼は、なぜか家の玄関のところで腕組みをしながら、二階の方を眺めていた。
庭に車を入れ、家の中に戻る途中、わたしは彼に声をかけた。
「なにしてるの?」
「ああ、トウコ。おかえり」
そう言いながら彼が視線をこちらに向けて、再び二階へ目を向ける。
つられてわたしも二階の外壁を見た。
が、何もない。見えるのはわたしの部屋の窓。
そうして、よく晴れた春の青い空。
「ねえ、本当になにやってるの?」
「さっき、テレビで、スズメは軒下に巣を作るんだと言ってたんだ。それでうちにもいるのかどうか、見ていた」
そうなんだ、と言ってわたしはさっさと玄関の方へ向かった。
それを見てどうするのか、とは聞かなかった。ただ興味があっただけなのだろうから。
玄関の引き戸に手をかける直前、わたしは一応、振り返って彼に声をかけた。
「今日のお昼の当番、あなただからね、カナタ」
「わかってる」と彼はこちらを見ないままで言った。
相沢さんとの会話を思い出したのは、二階の自室に戻って、部屋着に着替えていたときだった。
彼女の言う、わたしの空気感やオーラが変わったのは、誰かと共に暮らしはじめたせいなのだろうか。
彼とはじめて会ってから、すでに三ヶ月の時が流れていた。
あの日、彼を引き留めた夜の翌朝、わたしは普段と同じような一日を過ごそうとしていた。
朝早くに目を覚まし、朝食を作った。
いったん、普段と同じ量を作りかけ、その後で考え直した。
そばにあるテーブルに座り、料理の行程を見ていた彼に、わたしは言った。
「二人分作りますから、あなたも食べていってください」
「不要だ」と仏頂面で彼が答える。「ぼくには必要ない」
「もう二人分作り始めてますから」
「なら、君が食べるといい。その方が有用だ」
「いえ、それは困ります。二人分も食べると、太ってしまう」
そういいながら、わたしは内心、戸惑っていた。
あくまでも固辞されたらどうしよう。
たしかにいらないのかもしれないけれど。
せっかく作るものなのだから、食べてくれてもいいのに。
彼はわずかに首をかしげ、それから、特に何の感情も込めずに、平然と言った。
「そうか。なら、いただこう」
その後の一日は普段と同じように過ごした。
午前中にわたしは仕事をした。
小説を書いている間は部屋に入ってこないでください、集中がそがれると嫌なので、と彼にはそう、機織りをする鶴のようなことを言ったが、家から出ていってくれとは言わなかった。
そうして部屋に戻って仕事をはじめたわたしは、集中して時間を忘れた。
午後になり、空腹を感じて階下に降りたとき、じっと台所の椅子に座っている彼を発見した。
部屋に戻る前に見た姿勢のままだったことにわたしは驚き、彼にたずねた。
「今まで、ずっとここで座っていたんですか?」
彼は視線をわたしに動かした。
もしそうしなければ、彫像になってしまったと思うほど、彼の存在感はどこか希薄になっていた。
「ああ。他にすることもない」
彼と二人で昼食をとった後わたしは、気分転換の散歩をすることにした。
そう彼に伝えると、彼もついていく、という。
周辺を歩き、君と同じものを見れば、何か思いだすかもしれない。
正直いってわたしは、その可能性は限りなく低いだろうな、と思いながらも了承した。
そうして、二人で近所をぶらぶらと歩き回った。まだ冬だったがよく晴れており、風はさほど冷たくなかった。
彼が途中で、何もかもを悟った、なんて顔をすることもなく、当たり前のようにわたしと共に家に戻ってきた。
玄関で靴を脱ぎながら、わたしは彼にたずねた。
「わたしはこれからまた、仕事をしますが、あなたはどうします?」
「そうだな。何をするということもないが、出て行った方がいいか?」
わたしはすぐには答えられなかった。




