11.逃亡者と、テリトリーでミスをした男
その話は至極簡単なものだった。
が、あくまで彼は、わたしにわかるように単純化すると、という前置きを話のはじめに置いていた。
だからそれが元々どこまで複雑で、どこまで単純化されたものなのか、わたしには見当もつかなかった。
彼らの種族は、遙か遠くの銀河にその根拠地がある。
星ではなく、テリトリー、と彼は表現した。
人間とは、そもそもの構成が違うそうで、今のように炭素生命体としての形をとることもできるし、そうでない形をとることもできる。
彼も任意にその姿を変えられる。
いま使っているこの人間の姿に、ある程度愛着はあるそうだが。
彼は、二十五年前、仕事でミスを犯した。彼の仕事は、入国管理局のようなものだった。
彼らのテリトリーの中でいう、いわゆる辺境の地で勤務をしており、その地は比較的わたしたちの地球に近かった。
そこで彼は、彼らの領域に不法な手段で忍び込んできた他の宇宙人たちを、彼ら自身の領域に送り返す仕事をしていたのだ。
その仕事の最中に、彼は、ある個体に逃げ出されてしまった。
他の宇宙人の領域へと引き渡す直前に逃亡され、その責任は彼のものとされた。
そのミスは、わたしには重大なものと思われたが、彼自身は平然と説明していた。
通常起こりえるものなのかもしれないし、そもそも、ミスという感覚自体が異なるのかもしれない。
彼はテリトリーにその事象を報告し、そうして、逃亡者を追った。
惑星を巡ったが、逃亡者が隠れている可能性がある星は、わずかしかなく、その中でも最も可能性が高いのは、この地球だった。
以降、この地球で人間に扮して、その逃亡者を探している。
彼の話は簡単にまとめると、そのようなものだった。
「あの、つまり、この地球には宇宙犯罪者がいるってことですか?」
「そう捉えてもらって構わない」
「それって、地球にとっては問題なのでは?」
「そうは思えない。彼が地球を破壊することは可能だ」
彼があっさりとそんなことを言うので、わたしはつい、急ブレーキを踏みそうになった。
「だがそんなことは今の地球人類にだってできる。だけどやらない。メリットがないからだ。彼もやらない。メリットがないからだ。隠れ家を失うだけだ。エネルギーを失うだけだ」
なるほど、とわたしは思う。
ただ、もしかするといつか地球人類は地球を破壊する愚かな決断を下すかもしれない。
その可能性はあったが、いま彼としている話には、何の関係もない。
「……それで、その、あなたの事情はわかりました。それで、そのあなたの事情と、わたしと、何の関係が?」
「ああ。思い出せないんだ」
「今までの話では、そんな風なことは全然なさそうですけど」
「はじめは何も思い出せなかった。だが君の車であの周辺を回るうちに、いま君にした話は思い出せた。ただ、そこから先がわからない」
彼が言うには、彼の記憶には空白がある。
昨年の冬、雪が降る季節までのことなら、何とか思い出せた。
だが、その先のことがはっきりとしない。
「なぜあそこにぼくがいたのか。どうして君の運転する車に衝突されるようなことになったのか。理由はわからないが、君になにかある、とぼくは見ている」




