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夕闇倶楽部のほのぼの怪異譚  作者: 勿忘草
第5章 炎失峠と幸福世界
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第5話 調査を終えた逢魔が時

 時刻は7時。もう夕陽は微かにしか見えず、夜に半身踏み込んでいる。

 政令指定都市である横浜といっても辺境の、通行人もあまり見ることがない住宅街。僕にとっては見慣れた光景、見慣れた道を進んでいく。

 今日も今日とて変化がない、いつも通りの下校道。違うことといえば――


「いや~。いっぱい買いましたねぇ。お鍋の具材」

「いくら6人とはいえ、食べきれるかしら」

「量もそうだけど……中身も凄いよね、うん」

「白菜や白滝といった定番の鍋の具材は良いんですが……魚の頭にキムチ。それとアイスクリームは別々で食べるんだよね、烏丸ちゃん」

「えっ、入れないんですかぁ?」

「入れないわよ!! どの世界の常識よ、それ!!」


 騒がしい人々が付いて来ていることだ。新鮮に感じる半面、うるさい。


「それにしても懐かしいわね、この道」

「そっか。とおのんは昔ここに住んでたんだっけ」

「そうよ、シズ。……あっ、あの本屋さん潰れたのね。昔よく来てたのに」

「そういえば、そうだな。ちょうど僕が中3の時か。今じゃコンビニだ」


 そういえば、小学生の頃の僕が学校の帰りに寄っていたお店だった。

 店長は優しそうなお爺さんで、少ないお小遣いの僕に

 今では何の個性もない、どこにでもあるようなコンビニに変わり果てている。

 僕がそれを忘れてたとは、時の移ろいは儚いものである。悲しいことに。


「でも、良い雰囲気の場所だよね。適度に都会、適度に田舎な感じで」

「……えっ。シズもここに来たことあるの?」

「うん。前に誠くんの後をつけたことがあって」

「ああ、そんなこともあったな」

「それって、こくは――」

「ち、ちがうよ! 心配だったんだよ、あの時は!」


 ああ、あったな。禁呪の魔本の時か。

 あの時は色々なことで精一杯だったから気にする余裕はなかったけど、確かに僕の後をつけてきた理由は未だに不明のままだった。

 まあ、流石に烏丸さんがいるこの状況では聞き出せそうにないけど。


「あなたは、毎回あんな風に怪異の調査をしてるの?」

「いきなり何よ。悪いの?」


 そして、こちらでは遠乃と七星さんという相性最悪な組み合わせ。

 何やら険悪なムードだし、彼女たちの間には火花が散ってるように見える。


「何で喧嘩腰なのかしら……まあ、良いけど。気をつけなさいよ」

「気をつけるって、何によ?」

「あのね、怪異は悪意の総合体なの。人智が及ぶことのない淵叢なる闇の存在に足を踏み入れるなんて禁忌というもの。軟な精神じゃ怪異に支配されるだけよ」

「何よ、あたしたちはそーゆー得体のしれない理不尽な存在を暴くためにいろいろやってんのよ。それに、今までのあたしたちは何だかんだで大丈夫だったわ」

「それは、あなたたちが特別らしいからよ。怪異への強さが」

「そういえば、この前も同じよーなことを言ってたわね。神林め」


“あなたたちは揃いも揃って高いの。それが怪異に思えるくらいに”

 七星さんの発言。確か、前に麻耶先輩にも同じことを言われていた。

 それなりの時間が経過した今も、これは解明できないでいたな。

 というのも、そんなことを言われて確かに思い当たる節はあるものの、それが何を意味するのかは見当もつかなかったからだ。

 ……本物(?)呪術師から言われたこの言葉。調べる必要はあるかもしれない。


「だから、神林って呼ばないでよ」

「何で神林って呼ばれたくないのよ。あたしたちに名乗ったのに」

「あれは仕方なく、よ」

「呪術師としても正体不明だし、イマイチあんたのことわかんないのよね」

「……それは」


 弱々しい様子で七星さんが口を開けて、そして黙り込んだ。

 七星さんが何かを感じ取ったかのように言葉を止め、足も止めていた。


「そんなことより、気になることがあるのだけど」

「いや、そんなことって――」

「――さっきから、私たちの後ろを追い尾行してるのは誰なのよ!?」


 七星さんが大きく叫ぶと、勢いよく後ろを振り返る。

 僕たちも釣られて見てみると、向こうの電柱の影で見つけられた。

 ローブに身を包み、姿を見せずに妙な雰囲気を醸し出した人物を。


「紫色の……ローブの、誰?」


 雫たちも気づいたのか、後ろを振り返りながら呟いた。

 声が消えた刹那、謎の人物はローブを翻して足早に去っていく。

 その光景を、状況が飲め込めないでいる僕たちは呆然と眺めていた。


「ああ、あの人。知らない人だったんですかぁ」

「えっ、烏丸ちゃんは気づいていたの?」

「はい、そうですけど。てっきり夕闇倶楽部の皆様のご友人かと!」

「さすがにあんな不気味なストーカーの友人は知らないわねぇ」


 烏丸さんは夕闇倶楽部を何だと思ってるんだろうか。

 あんな友人、僕も知らない。そもそも性別や年齢ですら分からなかった。大きいローブで顔どころか全身が隠されていたわけだし。


「でも、どうしようかな。追いかけてみる?」

「今から走っても無理そうだし、良いんじゃない?」

「だ、大丈夫かなぁ」

「何か用でもあれば、また姿を見せるでしょ。その時に聞き出すわ」


 ……本当に、それで大丈夫なんだろうか。ちょっと心配だったりする。

 確かに追いかけても追いつけそうにないし、遠乃の判断は間違ってないが。


「それに、もうそろそろ誠也の家でしょ」

「そうだな。依未も待ってるだろうし、早く行こう」

「あー、あの子。元気にしてる?」

「昔よりは良くなった。今では普通に学校に通えているよ」


 そういえば、遠乃は転校してからの依未を知らないんだったな。

 依未、どうしてるかな。知らない人が来るから変に警戒しないと良いのだが。


「へぇー。誠くんって妹さんがいるんだ。やっぱり」

「やっぱりって?」

「誠くんって、お兄ちゃんみたいな感じがするから……あっ、ここ?」

「ここがそうなんですね。誠也先輩のお宅も大きいです。一軒家ですし」

「大きいか?」

「あ、それ、学生寮住みのあたしとシズに対する当てつけ?」

「そういうわけじゃないんだが……」


 自分の家がすっかり常識になってるから、そう言われてもピンと来ない。

 まあ、自分の部屋を貰えてる分、恵まれてる方だとは僕も思ってるけど。


「それじゃ、さっそくお邪魔しまーす!」

「おいおい。僕より前に家に入ろうとするなよ。やることあるんから」


 僕が鍵を開けると、横から入り込むように遠乃が割り込む。

 おいおい。いくら幼馴染だからといって、それはどうなんだよ。


「……おかえり。……お兄ちゃ――誰なの、そいつら」


 僕たちを出迎えてくれたのは、僕の妹である依未。

 脆く、壊れやすいほどに細い手足に、陶器のように透き通った白い肌。

 妹というバイアスを除いても可愛い部類に入る依未の表情は、いつも僕を出迎えてくれる時と違い、実体を持っていたら人を殺せるんじゃないかと思えるくらい、後ろの女性たちを睨んでいた。……正直、怖く感じる。


「久々ね、依未ちゃん」

「……こいつ。……まさか、比良坂遠乃?」

「ふっふーん。大当たり。前と180度違うから気が付かなかった?」

「…………」

「しっかし、依未ちゃんも大きくなったわね。ムカつく顔はそのままだけど」

「……その笑い、そのテンション。……昔のお兄ちゃんの真似して楽しい?」

「訳の分からないこと言うのも案の定ね。それと誠也以外に対する剥き出しの敵意。しょうがないけど、三つ子の魂百までって奴かしら」

「……この性格、やっぱり変わってない」


 ああ、やっぱりか。小さい頃も仲悪いんだよな、この2人。

 というか、依未が遠乃に向けて一方的に敵意を振りかざしているような。

 双方とも本気で嫌ってるわけじゃないけど、やっぱり心配になってしまう。


「と、とおのんとヨミちゃんだっけ。なんか喧嘩してるけど……」

「とりあえず大丈夫だ。依未も遠乃も」

「それなら良いんだけど……お、お邪魔しまーす」

「ああ。あとこの子が妹の依未だ」

「そうなんだ。えへへっ、可愛いなぁ」


「おじゃましまーす! ご飯を頂きに参りましたぁー!」

「あなたって本当に無礼の塊みたいなものよね。……お邪魔します」


 僕たちが色々話してると、一歩遅れて二人が家に入ってくる。

 図々しい烏丸さんにそれを嗜める七星さん、依未にも紹介をしようと――


「ああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!!」


 その時、劈くような悲鳴が聞こえた。依未のものだった。


「どうしたんだ、依未!」

「匂いが、怪異が、気持ち悪いほどの怪異が、こ、ここにあるの!!!」

「怪異ってそんなの……まさか、神林?」


 ……そうだった。今までの様子から警戒心が薄れてたけど、彼女はれっきとした呪術師の家系。依未の“体質”を考えると合わせちゃいけない人だったんだ!

 依未は、怪異や超常現象といった異常な何かを匂いとして感じ取ってしまう。それは幼い頃から、否応なく。


「あ、あの女、黒髪の女よ!! “黒鴉の男”と同じ匂いがするの!!」

「って、今度は黒鴉の名前!? それって、昔の……!?」

「か、帰って、帰ってよおおおぉぉぉっ! 化物女あああぁぁぁ!!!」


 血走った眼で半狂乱で泣き叫ぶ依未。視線の先には七星さんがいて。

 

「…………」


 そんな七星さんは、どこまでも悲しそうな表情で依未を見つめていた。


「どうやら私はお邪魔みたいね」

「……すまない。うちの妹が失礼なことを。妹には変なものを感じ取る能力があるというか、なんというか、そういうのがあるんだ」

「そうなの。別に構わないわ。どうやら、あなたの妹さんの能力は本物みたいね。……それじゃ、明日ノートを持ってきて。約束よ」

「ちょっと。待ってくださいよぉ、葵ちゃ~ん!」

「あ、ああ。気をつけて」


 足早に去っていく彼女2人に、僕はこんな言葉しか吐けないでいて。

 何だかんだで賑やかになりそうだった夕食が陰りを見せたのだった。

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