第6話 昔の話
「こっちは終わったよ~。次はどうする?」
「じゃあ、この豚肉切っといて」
「はーい」
「おおう。雫先輩、手際良いですね」
「誠也は白菜……あっ、芯と葉っぱ別々にした方が火の通り良いわよ」
「ご忠告どうも」
我が家のキッチンで、所狭しに夕闇倶楽部の面々が動いている。
現在は鍋の具材を切り分けている。学生寮暮らしの遠乃と雫の2人が活躍中だ。やはり一人暮らしをしていると、料理も上手になるのだろうか。
「そういえば」
「うん?」
「さっきの神林のあいつ、悲しそうだったわね」
「…………」
しかし、あれから何も気にせずに談笑、とはいかなかった。
それもそのはず。依未と七星さんとで、あんなことが起きたのだから。
明確な悪意はない。誰も悪くない。それだけに気まずい空気が流れていた。
ちなみに依未は2階だ。あれから部屋に引きこもっている。兄として心配だ。
「あっ、そうだ。小さい頃のとおのんと誠くんって、どんな感じだったの?」
重苦しいそんな空気の流れを変えるように、雫が口を開いてきた。
「誠也は活発でやんちゃだったわ。まさにクソガキって感じね」
「そうなんですか。今じゃ考えられないですよね」
「その時から本やオカルトは好きだったけど。いつも外で遊んでたわね」
「意外だなぁ。そうだったの、誠くん」
「合ってるけど。恥ずかしいから止めてくれよ……」
昔の話。それはそれとしても、やっぱり恥ずかしいものだ。
まったく、遠乃の奴め。こいつは何を言い出すんだか――
「あっ、そういえば。誠也って今も巨乳が好きなの?」
本当に何を言い出すんだ、こいつは!!
「えっ、ええっ!!?」
「小学五年生の時、巨乳の教育実習生の人の胸を揉みしだいたじゃない」
「あっ、あれは罰ゲームで仕方なくだな!!」
「……へぇ。誠くんにも、そういうおませな時期があったんだー」
「責任能力無しで時効とはいえ、それはいけませんよねー」
……遠乃の奴。ここぞとばかりに人の恥を明かしやがって。
なら、こちらも――と考えたけど、なかった。というのも昔の遠乃は。
「それで話は変わりますけど、遠乃先輩はどうだったんですか?」
「遠乃か。遠乃は……今とは逆に、物静かで無口な性格だったな」
「とおのんが。こっちはこっちで意外だなぁ」
「ふっふーん、そうでしょ。でも、今の活発なあたしも素敵でしょ?」
「できれば当時の性格のままなら良かったですけどね」
「言うじゃない、千夏め」
僕も大学で再開した時は本当に驚いたな。別人にしか思えなかったし。
「だから、いつも誠也が誘ってきたのよ。怪異の調査」
「えっ、昔から2人って怪異に関することをしてたの?」
「そうよ。この地域、昔から怪異や伝承が多くて。探索しがいがあったわ」
そう。この地域、特に家の近くのH地区は怪異の宝庫だった。
歴史を調べてみると、そういった伝承や逸話が多い場所らしい。
そして、この地域の何よりの特徴として。こういった事象に引き寄せられていたのか、その伝承以上に人々の噂話が耐えなかったのだ。
それもトイレの花子さんや赤いマントといったオーソドックスなものではなく、この地域特有のものが多かった。
例えば、〇〇駅近くのガード下に幽霊が出るとか、あの店の傘立てにある赤い傘には呪いがあるとか、店を開けない骨董店の謎とか、地域密着系の噂が定期的に流れていき、消えていく。それを繰り返す地域だった。今から思うと不思議だ。
「あの、それで気になったのですが。“黒鴉の男”とは何ですか?」
「「…………」」
聞かれた途端に僕と遠乃の口が止まった。思いもしなかったから。
おそらく千夏は興味本位の質問だろう。でも、僕たちの間でその名は未だに禍根を残すものであり、タブーであったものだった。
「あ、いえ、失礼しました。聞いちゃいけなかったようで」
「別に構わないよ。説明するとだな、小学生の頃で噂された人物だ」
「あたしたちが5年生の時だったかしら。そういう不審者が居るって話」
「黒い帽子、黒いマント、黒い靴。全身を黒に包んだ正体不明の男だ」
突如として現れた謎の男性。当然ながら噂話として語り継がれる。
僕たちも未知なる怪異を夢見て調査をしてみようなんて考えたりもした。
計画を立てて、下調べもして。そういった矢先に――事件は起きてしまった。
「そんな人が。でも、何で依未ちゃんは怖がって……?」
「実はね、あの娘は誘拐されてるの。そいつに」
「ええっ!?」
忘れもしない。僕が小学五年生だった6月14日。
学校が終わればすぐに家に帰るはずの依未が帰らなかった。
それから大人たちで探索が行われて、その5時間後。こっそり探しに出ていた僕と遠乃がH地区にある廃墟で見つけたんだ。
誘拐された時の記憶を依未は覚えてないらしい。唯一残っているのが、黒鴉の男の存在ということだけ。
「……あの時もそうだし、その後も悲惨だったわね。」
そして、その日以来、依未は家族以外の人間と関わらなくなった。
事件のトラウマだろうか。それだけに僕も強く何かを言えないでいる。
最近になって他の人とも一言二言でなら交流するようになったものの、まだ他人への不信感と恐怖心、そして僕への依存は抜けていなかった。
「そんな事件が……。犯人の方は捕まったんでしょうか?」
「残念ながら、犯人はわかってないのよ。今も、ね」
一時期は幼心に暴こうとも考えたけど、行動には移さなかった。
直後に遠乃が転校したのもあるし、何より依未がこんな様子になった状況だ。黒鴉の男に関係す事柄に触れる気にならなかった。
そうして見ないようにする内に見えなくなって、現在に至っていた。
――それにしても。あの七星葵さんと同じという、黒鴉の男の匂いか。
「みなさん、調子はどう?」
あれこれ考え事をしている時、キッチンに母親が入ってきた。
「あっ、誠くんのお母さん。はい、バッチリです!」
「あら美味しそうじゃない! こんなに料理が得意な女の子が身近にいるなんて、誠也もやるわね~」
「大きなお世話だよ、母さん」
「あらあら。あっ、鍋といえば、これ。日本酒よ、よかったらどうぞ!」
「おっ、日本酒! おばさんってば、気が利くぅ~!」
「……あまり飲みすぎないでくれよ、遠乃」
この前の千夏の家、いつもの居酒屋での体たらくから注意をすると。
突然、リビングの扉が開いた。向こうには依未がぽつんと立っていた。
「あっ、依未ちゃん」
「依未、大丈夫なのか?」
心配だった僕が声を掛けると、依未は口元を僅かだけど上げた。
「……うん。……ここに来ないと、お兄ちゃん悲しむから」
「相変わらずお兄ちゃんお兄ちゃんね。まっ、食卓は多い方が良いし」
勝ち気な笑みを浮かべる遠乃を睨むと、依未はいつもの席に座った。
夕闇倶楽部のみんなとも食べてくれるみたいだ。……良かったし、嬉しい。
「よろしくね、依未ちゃん!」
「……ぷいっ」
「ううっ。嫌われてるみたい……」
「この子、極度の人間不信だから陥落するのは大変よ。未来の義姉ちゃん?」
「……私の家族は、お父さんとお母さんとお兄ちゃんだけ。絶対に渡さない!」
「何を言っているんだ、みんなは」
的を射ない会話に首を傾げつつ、僕は皿を用意していく。
依未が来たから5人分か。母さんは別のところで食べてくるらしい。……別に、そこまで気を使わなくても良いけど、お言葉に甘えようかな。
「さて、依未も来たことだし、今日はあれこれ話しちゃいましょうか!」
「ええ。小学校時代の先輩たちの情報、もっと聞きたいですしねぇ」
「変なところで好奇心を発揮しないでくれる?」
暗かった空気を払拭するような会話をしつつ。
こうして夕闇倶楽部の、呑気で騒がしい今日の夜は更けていった。
あれから酒の勢いも有り、変な方向にも盛り上がった鍋パーティ。
楽しかった時間も終わりを告げ、酔いで顔を真っ赤に染めた遠乃と雫、眠たさで舟を漕いでいた千夏を駅まで送って、現在は11時だ。
朝には弱いが、かといって夜が強いわけではない僕は、眠気を堪えながらパソコンに向かって今日の調査の記録を残していた。
「さて、と」
ノートパソコンに調査のデータの入力を終えて、電源を落とす。
すべてが完了した僕はベッドで横になった。だからか思考の余裕が生まれた。
「黒鴉の男、か」
そんな僕の頭に浮かんだのは、散々この日に話題で出てきた名前。
あの黒鴉の男。10年越しに犯人が分かる可能性が生まれたからだ。
正体は七星の人間。根拠は依未が感じた匂い。依未が感じ取る匂いは、性質が同じものは匂いまでも同じになる。
そして、ノートに書かれた“マモリガミ”計画から犯人は――七星顯宗。
僕は何度この名前を思い出す必要があるのか。流石にうんざりした。
「…………」
だけど、彼を犯人とするには肝心な部分が抜けている。
――動機。何故ここに来たのか、何故依未を誘拐したのか。
その全てが不明。となると、祠のことを調べる必要がありそうだな。
そんな決意に似た感情を抱きながら、今日のところは眠りに落ちたのだった。




