4.ヒロインの言い分
「ふざけないで。ここは私の世界よ。なんで悪役令嬢の貴方が邪魔をするの!!」
「ねぇ、ヒロインさん」
クロエは青い顔をしながらも、ジェイミーを怒鳴りつける。その姿を見てジェイミーは少しだけ苛立ちを見せて言葉を吐き捨てる。
「貴方の敗因は、ゲームと似た世界と思い込み現実を見ていなかったことね」
「あんたもやっぱり日本の記憶があるのね!!」
顔を真っ赤にしたクロエは私に襲い掛かってくる。さすが剣も魔法も得意いなヒロイン様だけあって素早く護衛騎士や学生たちでは止められない。
「だめっすよ」
後一歩でジェイミーに届きそうな瞬間ネリーがスッと前にでてクロエが足を踏む瞬間に懐に入る。
右手を持ち、ネリーの体が一回転すると同時にクロエの体が宙に舞う。
「むふ、一本背負いっす」
「さすがね」
投げられた後、手をねじられ取り押さえられたクロエは未だ狂ったように叫び続ける。
「お前もか!どいつもこいつも邪魔して!!」
「勘違いしている所悪いんだけど、私は私よ。前世の記憶なんかに人格を乗っ取られたりしないわ」
「こんなの夢に決まっているじゃない!!好きな世界っていってもゲームの中と同じ。こんなの嫌よ」
髪が乱れ、土が口の中に入るのも気にせずにクロエは叫び続ける。「嫌」という言葉にジェイミーは少し訝しげにクロエを見る。
「あなたはヒロインを楽しんだんじゃなくって?」
「はっはははは。さすがお貴族様ね。あんたはいい生活送っていたんのね。孤児院育ちなんて設定を楽しめる訳ないじゃない。味のないスープに硬いパンを1日2回食べるだけ。飢えた状態でも5歳の子でも朝から晩まで内職しながら働きっぱなし……優しかったお母さんの事を思い出して泣きながら眠る毎日!」
「……」
「それだけでも地獄よ。でもね、日本の記憶が戻ってからが地獄だったわ。美味しい食事に暖かいお風呂。アニメにラノベ……あの生活を思い出してしまったら孤児院の生活なんて耐えられる訳ないじゃない。戻りたい。でも、戻れない。ここはゲームの中なの。だからゲームをクリアしたら、きっと戻れる……戻れるの」
「そう。逆ハーレムを完成させようとしたのはその為ね」
「一人のルートだけでダメでしたなんて言われたら耐えられないもの。逆ハーレムですべてを終わらせれば、もうすぐでゲームが終わるはずだったのにあんたが邪魔をした。ふざけないでよ!!」
拘束されているクロエの前にたち、ドレスに土がつくのも気にせずに目線を合わす。クロエの瞳にはジェイミーが映っている。
だが、ジェイミーとクロエの視線はまじわることはない。
ジェイミーは、クロエの頬を平手打ちした。
「っう。何すんのよ」
「しっかりしろ。ここは現実だ!!目を覚ませ!!」
「嫌よ。私は日本に帰るの」
「帰れない」
ジェイミーはクロエの頬を両手で包み込むようにして目を合わせる。今度はほんの少しだけ二人の目が合う。
「辛い目かったよね。誰にも話せない中、一人で過酷な環境で生きていくなんて」
「うっうう」
クロエは胸を突き上げてくる思いから、とめどなく涙がこぼれ落ちてくる。ヒロインとして、攻略対象者の悩みを解消するために頑張ってきた。
もちろん攻略するためだが、クロエは悩みがなくなり晴れ晴れとした表情をする攻略対象者たちを見て、「私はヒロインなんかじゃない。私を救ってよ」と心の中で叫んでいたのだ。
「でも、ここは現実だ。私もお前もここで生きていくしかない。日本がいいなら日本のような世界をここで作ればいいじゃないか」
「え?」
びっくりしたような顔でクロエはジェイミーを見る。初めてジェイミーの目をみたクロエは思わず息をのむ。
ジェイミーの眼光は獲物を狙うような力が、熱があった。
「秦の始皇帝は、わずか10年ほどで中国を占領し法を整備したのよ。私たちはどういう世界にしたいという明確なビジョンがある。この世界に私たちの理想を実現するなんて簡単じゃない」
「ここを、変える……」
「そう。どういう世界にしたいのか想像しなさい」
クロエはジェイミーの言葉に素直に耳を傾け、目を閉じる。先ほどまでのざわめきも苛立ちも消え静寂が訪れる。
ふわりと冷たい風が吹き、クロエの髪をなでる。
「わ……私は飢えのない世界がいい。子供が……働かなくていい世界がいい」
「いいね」
「え……」
「私は今、国のあり方を変えるつもりでいるの。私は民度が低いからダメって思って教育改革からだと思ったけど……確かに食料生産性も低すぎなのよね。まずは民の飢えをなくし教育できる環境を整えるのね。いいじゃん」
ジェイミーはクロエの手を持って立ち上がらせる。ジェイミーの顔には笑みが浮かんでいる。
「本当にできるの?」
「私負けるの大っ嫌いなの。だからこの世界より日本のほうがいいなんて言われたらムカつくじゃない」
「ふっふふふ、何それ」
「協力しなさい」
クロエは「ふぅ」と小さくため息をついてジェイミーの差し出した手を握る。
「私、ヒロインなのよ。私に協力すべきじゃない?」
クロエは目が覚めたように大きく開いた瞳は、優しく、それでいて強さがある。ジェイミーはその手に込められた力にさすが自分のライバルと笑みを深くした。