8. メイドさんとお客様 -前編-
「それでは、買い出しに行ってくる。留守番を頼んだぞ」
瑠璃さんはバスケットを片手に、玄関先でわたしにそう言いました。
買い出し――お食事の材料を街まで買いに行くのです。
以前一度だけ、瑠璃さんにくっついて買い出しに連れてもらったことがありましたが、にぎやかな街の様々なお店を回るのは本当に面白くて、わたしは次の機会をいつかいつかと待っていたのですが、おそらくその機会は未来永劫やってこないようです。
……先日、やらかしてしまったばかりですから。
わたしはキッチンへの出入り禁止。
ゆえに食材を管理する必要もなく、この買い出し業務は百パーセント瑠璃さんの手中にあったのでした。
「い、行ってらっしゃいませ~……」
だからわたしは文句の一つもたれずに、素直に見送るのでした。
午前中に、応接室・ホールの掃除や、ご主人様のお召し物などのお洗濯は終わっていました。
いまお召し物は、屋敷の西の洗濯物竿に掛けられていて、太陽の光と優しい風を受けて乾燥と漂白の最中でした。
さて……瑠璃さんのいない午後、いったい何をいたしましょうか?
瑠璃さんからは、具体的な指示を受けていません。
それはもしかすると、屋敷でのメイドさんとしてのお仕事に慣れた(※お料理を除く)わたしに対するある種の挑戦状なのかもしれません。
瑠璃さんはちょっと前に、「自分で仕事を見つけて、ようやく一人前」と言っていました。
そうです。
特にやるべきお仕事もなく、指示を受けていない今こそ、「ご主人様の満足」のために何かをするチャンスなんです。
ですが……本当に何をいたしましょうか?
ご主人様といえば、基本的に日の出ている間は執務室にこもりきりで、お仕事をなさっています。 普段、ご主人様のお話相手になったりもしていますが、それはご主人様からお誘いを受けたときだけで、こちらからは恐れ多くてお誘いすることはできません。
では、お掃除でもいたしましょうか?
しかし、お屋敷の中は曜日ごとに重点的に掃除をするフロアが決まっていたので、勝手にするわけにもいかないんですよねぇ……。
そんなわたしの注意は自ずと屋敷の外に惹かれていきました。
わたしが今いるお庭――そうお庭です。
実は初めてここにやってきたときから気になっていたんです――お庭が物寂しいって。
お庭には伸びっぱなしの芝生と植栽があるだけ。
花壇なんかもあるのですが、お花が植えられておらず、雑草が伸びているだけという寂しい状態。
……瑠璃さんのお仕事は、お料理も、お掃除も、お洗濯もカンペキです。
――こと屋敷の中に関しては。
ですがこんなところに盲点があったのでした。
わたしはエプロンのポケットから取り出した軍手を装備すると、花壇の雑草を除去するところから始めました。
水道とホースとシャワーノズルを繋げて、まず乾いた土に軽く雨を降らせます。
土が乾いたままだと、引っ張るときに根っこが途中で切れて、結果としてまたすぐに雑草が生えてきてしまいますから。
それからわたしは花壇を覆うこの雑草たちを、一つ一つ引っこ抜いていきます。
雑草にだって命はあります。
でも雑草の存在は、これから花を育てる上で、見た目の上でも良くないですし、何より土壌の栄養を吸い取ったり、悪い虫が発生する原因にもなってしまいます。
だから心の中で「ごめんなさい」をしつつ、粛々と作業をしていきました。
孤独な雑草取りの作業中、以前瑠璃さんが買い出しの最中に言っていた言葉を思い返します。
「ここには野菜や肉をはじめ、魚や乳製品・加工品、それから雑貨を扱ったお店、屋敷にある科学製品をメンテナンスしてくれる専門店など、様々なお店が集まっている。
私たちはお屋敷といういわば閉鎖空間で生活を送るが、ここにいる人たちの助けなしには、お屋敷の運営ができないということを肝に銘じておけ」
生きていく上で、そういった街の人とのつながりが大事というお説教でした。
サリスモニカにやってきて、わたしは瑠璃さんとご主人様と知り合うことができました。
二人との付き合いが、いまのわたしのメイド生活を形作っていると言っても言いすぎではありません。
でも逆に言えば、二人以外との交流を持たないのも事実です。
ピロリアフィオナにいたころは、お姉ちゃん、学校のお友達や先生、生活物貨や食品などを分けてくれた近所の方などなど、様々な方と交流を持つことができました。
しかし今のところはたったの二人。(商店街に出たとき、一度だけ行きつけの八百屋さんやお肉屋さんの店員さんと挨拶をしましたが、おそらくそれが最初で最後なのでカウントしておりません!)
この雑草抜きも、たった一人の孤独な作業。
強いていえば、それが今のお仕事に対する唯一の不満点だったりします。
いえ――不満なんて口に漏らしちゃダメですね。
こんなお給料も良くって、何も知らないわたしにいろいろと大事なことを教えてくれる職場なんてありませんから!
わたしは再び、雑草取りの作業に黙々と打ち込みます。
そんな折、背後から階段を上るカツカツという音が聞こえてきました。
瑠璃さんでしょうか?
それにしても、若干早いような……。
わたしはお迎えしようと、花壇を離れます。
しかし――お屋敷の庭へと上がってきたのは、まったく別の人物でした。
白衣に緋袴。
烏の濡れ羽色とでも言うのでしょうか――つややかで綺麗な長い黒髪。
一目で「神社の巫女」と分かる女性でした。
いったい、巫女さんがどうしてこのお屋敷に?
わたしは身構えていると、彼女と目が合って、
「あなた、もしかしてここの新人メイドさんですの?」
「うきゃっ!?」
――突然飛びつかれて、小動物的な変な声が漏れ出ちゃうのでした。




